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#04-02

「おはよう、二人とも。毎朝仲いいね」
 今さっき登校してきたのだろう。
 後ろから彼女の、大原の声が聞こえた。
「別に仲いいってわけじゃないよ。天野が頼んでくるから仕方なく」
「そっかー。あんなことしてたのに?」
「うっ・・・」
 天野は何のことかわからないようで、きょろきょろと首を動かしていた。
 当然だ。
 というか、もし天野がそんなこと知っていたら、俺は彼女と仲良くなんかはしていない。
 もしそれが知られていたならば、今頃俺は発狂していることだろう。
 とこんな風に、あれを見られたのは、大きな障害になっていた。
 俺と天野が仲良くしているのを見ると、ことあるごとに言ってくる。
 そのうち天野が興味本位で聞いてしまいそうだ。
 一応の口止めはしているが、知らぬうちにどこかで情報が漏れてしまうかもしれないしな。
 一度堀山に、記憶を消す方法でも教わっておくとしよう。
 と、ここで8時25分。
 朝礼の開始を促すチャイムが鳴った。
 廊下にいた生徒たちは、各々の教室に駆け足で向かう。
 そして、担任がやってきた。
 最悪の担任が。
「どうした、入り口でたむろって。ほら、早く席に着け」
 担任と生徒。
 そんな立場上、ほぼ毎日顔を合わせるのだが。
 しかし、今日の彼女は少し違っていた。
 どこか気怠そうで、いつもの熱血とは程遠い表情で。
 いやこの場合、表情はあまり関係ないか。
 むしろ、問題があるのは表情などではなく、その下についている体だ。
 体、その体の腕。
 怪我か、否、事故か。
 おそらく、見事にポッキリとでもいったのだろう。
 彼女の左腕に、彼女には全く似合わない、白い包帯が巻かれていた。



 事情説明を行うとするとして、もし簡単にまとめるとするならば、これで十分だろう。
 『昨日、車に当て逃げされた』らしい。
 状況などを踏まえていないにしても、なんとわかりやすいことだろうか。
 たったの、一文で、ここまで簡潔に事を述べることができるなんて。
 なんてふざけられる状況でもなく、クラスはしんと静まっていた。
 なんせ、今うちの担任はとてつもなく不機嫌そうだからだ。
 願わくば、ただ朝飯を抜いただけとか、そんなありきたりな理由であってほしいのだが。
 そしておそらくではあるがクラスメイト達は、今日に数学の授業がないのを見て安心したことだろう。
 この人、その日の機嫌で宿題の量などを決めるから、こっちにとってはとばっちりでしかない。
 今回なんかだと、かなり量を重ねられそうだし・・・
 それ以上に、その授業はまた荒れそうだ。
 で、諸連絡が終わると、先生は教室を出て行った。
 途端に活気付くクラスメイト。
 その中で、目立つ人物と言えば、やはりうちのクラスのリーダー格である人気者――――とかではなく。
 むしろこの状況だから目立ってしまうのだろう。
 黙々と勉強をしている天野の姿が、俺にはとてもまぶしく見えてしまった。
 この気持ちが、一体何なのかを、俺は知らないが。



 放課後。
 結局今日という一日も、清々しくもなく、何の意味もなく終わった。
 細かく、詳しく言うならば、確かに今日という日が終わるまでにまだ数時間ほど余裕があるが、しかしそれも特にすることもなく消えることだろ――――
「で、今日も家来るよね?」
 帰宅終了、そう思っていた時。
 まさに家に入ろうとした瞬間に、そう言われてしまった。
 ・・・どうやら、彼女は俺を逃がしてはくれないそうだ。
「・・・あのなぁ、テストなんてまだ来週なんだから、今からそんなに張り切らなくてもいいだろ」
「その考えがダメなんだって。それに来週って言っても、テストは週明けから始まるんだから、今日含めると勉強できるのあと四日しかないじゃない」
 確かにそうだけども。
 しかし、すでにテスト範囲の勉強をあらかた終わらせてしまったからこそ言えるのだが、もうこれ以上の苦行をしたくない。
 課題もすべて終わらせてしまっている(というか強制的にやらされた)ので、まずやることがないし。
 そもそもなんで、貴重な青春の時間を勉学なんぞに費やさなければならないのだろうか。
 確かにうちはこの辺りではかなり上の部類の学校だけれども、だからといって無理して高得点を狙う必要なんてない。
 平均でいいのだ平均で。
 平凡でさえあれば、人生なんて難なく進むのだから。
 ・・・いや、これは違うか。
 そんな事、俺だってよく知っているはずなのに―――――な


「そんな訳で、とりあえず晩まで匿ってくれ」
「俺はお前の親戚か何かか」
 こんなのが親戚なんて考えたくもない。
 で、今は天野から逃げ隠れるために例の廃校に来ていた。
 そういえば・・・
「そういえば、あいつはどうした?」
「あいつ?ああ、赤石か」
 「あいつなら」、そして一息置いてから、堀山は外を指さした。
 窓から見える、外の、中庭。
 そこには、どこからか入り込んだのであろう野良犬らと戯れる、茶色い小動物の姿があった。
「・・・あいつ、だんだんと野生化していないか」
「先週なんかは、ドックフードをおいしそうに平らげてたぞ」
「まじで!!!」 
 どこかで肉体は精神を引っ張ってしまう、と聞いたことがあるが、まさかな・・・
 いやまあ、それも面白そうではあるが。
「そういえばさ、お前ってなんでこの街にいるんだ?」
「それは理由を聞いているのか」
「当り前だろ。ほら、前に『たまたまここに来た』って言ってたけど、それならもう他の場所に行ってるはずだろ?」
「・・・そうだな。先に、用があるとだけ言っておこう」
「先ってどのくらいだ?」
「お前は、俺がそんなに目障りか」
「別に。ただ気になっただけだ」
「なら教える必要はないな」
「・・・そうか」
 一瞬、静寂が走る。
「じゃあ用って?」
 だからと言って引き下がる俺ではないが。
 ここまで知ったのなら、できるだけ情報を引き出してやる。
「お前は・・・・・・ 人に会うんだ。大切な人に」
「もしかして、彼女?」
「いや、もっと大切な奴だ」
「じゃあ嫁?」
「なんで俺が結婚している前提で話が進んでいるんだ。なんで大切な人=女になっているんだ」
「へー、じゃあ男なのか。もしかして彼氏とか?」
「さすがに殴るぞ。・・・そうだな、お前に似たやつだ」
「俺に似た、ねぇ。じゃあ、ロクな奴じゃないんだろうな」
「よくわかってるじゃないか」
 堀山は、ニヒルな笑いを浮かべた。
 けど、こっちもらしくないよな。
 まあいい、それに時間はまだたっぷりと残っている。
 こいつと語るのも、また一興だろう。

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