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穏やかな休日

 目を覚ますと、そこには宿舎の天井があった。

「・・・・・・」

 最初、妙に鮮明に覚えている夢の続きかと思ったのだが、外からは喋り声や鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 僕は上体を起こして階下に目を向けると、そこには皮鎧を身に着けたセフィラの姿があった。アルパルカルとヴルフルはまだ夜警から戻っていないのか、姿は見えない。

「おはようございます」
「おはようございます。今から警固任務ですか?」
「はい。朝食を頂いた後にですが」

 ティファレトさんと朝の挨拶を終えると、そう軽く言葉を交わす。

「オーガストさんはお休みですか?」
「はい。今日は休みです」
「そうでしたか。帰ったばかりですので、しっかりお休みください」
「ありがとうございます」

 ティファレトさんに礼を言うと、眠くも無かったので僕も起きることにする。

「それでは行ってきます」
「行ってらっしゃい」

 僕が下に降りる前にセフィラとティファレトさんは朝食を摂る為に部屋を出ていった。
 その二人を見送ると、僕も下に降りる。

「さて、今日は何をしようかな」

 特に予定も無い為に、僕は窓の外に見えるそれなりに明るくなった空を視界に収める。
 まだ朝も始まったばかりの時間ではあるが、いつもより少し長く寝ていたようだ。
 軽く身体を解すように動かして目をしっかりと覚ますと、着替えを済ませて僕も朝食を貰いに食堂へと行くことにする。

「その前に顔を洗うか」

 部屋を出て直ぐに足の向きを食堂から洗面所へと変える。洗顔を済ませると、食堂へ赴いた。
 食堂には既にセフィラとティファレトさんの姿は無かったが、入り口近くの机に置かれていた今日の日付の新聞を見つけ、それに目を通す。
 どうやらペリド姫達の活動は進展しているようで、新聞を読む限り包囲網は順調に狭められているようだ。
 それが終わると、いつも通り小さなパンを一つ貰う。今日は黒パンと呼ばれる濃い茶色のパンがあったので、それを貰った。
 給仕をしている当番の兵士に、お湯に少量の蜂蜜を溶かしたものが用意できると言われたので、飲み物に決めた。
 黒パンは噛み応えがあったが、前に食べた保存食のパン程ではなかった。あれはスープに付けなきゃ食べられない。
 味は濃厚な麦の旨みがあるが、少し苦みというか酸味の様なものが感じられた。しかしそれは蜂蜜湯の甘みを引き立てるモノでしかなく、随分と久しぶりに食事というものをしたような気分になった。

「ごちそうさま」

 使った食器を返却口に戻すと、僕は水筒を貰って宿舎を出る。その頃にはすっかり外は朝になっていた。

「何か周囲に木がないと変な気分だな」

 ずっと大量の木に囲まれた中で過ごしていたので、周囲が人工的な建物と舗装された足場というのに少し違和感を感じるが、元々森ではなくこういう場所で暮らしていたので直ぐに慣れるだろうと思い直し、僕は西門とは反対側に足を向け、駐屯地の外に出る。
 目的地は特にないが、今日は西門街に行くつもりはない。今は独りになりたい気分なのだ。
 駐屯地を出ると、僕はこの前奴隷売買の会場から裏道を通って出た森へと進路を取る。

「それにしても冷えるな」

 調査の時に森の中に居た時より寒く感じ、不思議に思い足を止めて今の服装を確認する。見下ろした先には全身黒の細身の冬服。何となく白から遠い色にしたかったのだ。

「・・・もしかして?」

 自分の服装を確認して、もしかしたら皮鎧が無いからかもしれないと思い至る。

「いや、コートも来てないしな」

 それだけではないかと思い、足を動かす。もう少し歩くのだ、それだけ歩けば身体も温まってくれるはず。
 それから程なくして森が姿を見せる。街から離れた場所にあるからか、周囲に人は居ない。そのまま野原を進み、森の中へと入っていく。
 森の中は綺麗に整備された木が立ち並ぶ。調査で入った森のように雑然と生い茂るのではなく、人工的に整えられたその木々を眺めると、まるで街で建物を見ているような気分になってくる。

「森、ね」

 何となく精霊の眼を周囲に向けてみるも、小さな球体の精霊が漂うだけで子どもサイズの精霊すら見当たらない。

「やっぱり人間界だと調査精霊だけか」

 せめて子どもサイズの精霊ぐらいと会いたいものだ。結局近くでは視れなかったもんな。ナイアードのような上位精霊ではなく、普通の精霊とも会話をしてみたいものだが。
 そう思いながらも森の奥へと入っていく。しかし、前回はあんまり気にならなかったが、どこまで進んでも似たような光景しかない。
 伐採だけではなく剪定もしているのだろうか、森の中は適度な明るさがあった。
 地面は少し柔らかいが、植えられている木の種類が同じなのか、森の中のにおいは何処まで行ってもそこまで変わらない。
 昼頃になり、適当な木の根元に空気の層を敷いて座る。水筒は二つ持ってきたが、食べ物は持ってきていないのでそのまま静かに座って時を過ごす。

「こういう何も無いのんびりとした時間も久しぶりだな」

 誰かに監視されている訳でも、目的がある訳でもない気ままな散歩は穏やかに過ぎる。

「ああ、そうだ」

 僕はふと思い至り、周囲に誰もいないことを確認してから影の中からフェンを呼び出した。

「創造主。本日は如何様な御用でしょうか?」

 影の中から現れると、僕の前で足を折って器用に頭を下げるフェン。

「たまには影から外に出たらどうかと思っただけだよ」
「それで、小生は何を致せば宜しいのですか?」
「うーん、そうだな・・・じゃあ、遊ぼうか」
「遊びですか?」
「うん」

 僕は立ち上がると、フェンの近くに寄る。

「ほら、頭を上げて立って立って」
「はっ!」

 頭を上げて立ち上がるフェン。その大きさは大体人が四つん這いになったより少し大きいぐらいか。大きさはそこまで変わっていない。その黒い体色の身体を撫でてみると、見た目からは判らなかったが、柔らかな被毛の手触りを感じる。

「もふもふしてたんだね」

 気持ちのいい手触りについ夢中になって丁寧に撫でる。

「御気に召して頂けましたか?」
「ずっと触っていたいぐらいに気持ちいいね」
「創造主の御心のままに」

 フェンは僕に触られるがままで動かない。というか、こんな事をする為にフェンを呼び出した訳ではない。気持ちいいけれど。

「フェンの背に乗ってもいい?」
「創造主を我が背に乗せられるとは、被造物としての光栄の至りで御座います」
「はは、大袈裟だよ。だけど、乗せてもらうね」

 そう一言断ると、フェンの背に跨る。
 フェンの体高は高くは無い為に、目線の高さはそこまで大きくは変わらないが、安定している為に座り心地はとてもよかった。

「感覚を確かめたいから少し歩いてみてくれない?」
「御意に。ではゆっくりと進みます」

 フェンが静かに歩き出す。歩いていると思えないほどに揺れがない。

「おお。これは凄い」

 乗馬経験も無い為に、こうやって何かの背に乗って移動するというのは初めての体験だった。

「小生の乗り心地はいかがでしょうか? 御不快でなければ良いのですが」
「とっても快適だよ! ちょっと慣れてきたから少し速度を上げてくれる?」
「御意に」

 フェンの移動速度が気持ち上がる。ほとんど揺れを感じない為に滑っているか低空飛行でもしている気分になってくる。

「もう少し速度を上げて」
「はっ!」

 森の中をフェンの背に乗ってのんびり回る。
 徐々に速度を上げつつ進むうちに、バランスのとり方も段々と解ってくる。とはいえ、フェンの上はそこまで揺れない為にあまり気にする必要も無いんだけれど。

「いつかフェンの背に乗って外の世界を駆け回るのも面白いかもしれないな」
「その日が訪れる事を心より御待ちしております」
「頑張ってみるよ。フェンと共に世界を駆け回れるように」
「はっ!」

 フェンの背に乗って世界を駆け回る自分を想像して、少しわくわくしてくる。しかもフェンは疲れ知らずなので、今まで以上に遠くまで速く行けるようになることだろう。
 その為にもここでフェンの上に問題なく乗り続けられるようにコツを掴まなければならない。フェンの全速力がどれほどかは知らないが、自分で移動するよりは速い速度でも大丈夫なまでは慣れたいな。

「こうしてフェンとのんびり会話するのは初めてだね」
「はっ。創造主は何かと御多忙故にしょうがなき事かと」
「たまたまさ。それよりも訊きたかったんだけれど、影の中ってどんな感じなの?」
「そうで御座いますね・・・創造主の影の中は温かな闇の中といった感じでしょうか」
「他の影は?」
「場合に依りますが、冷たい闇の中という感じです」
「なるほどね。でも影渡りって便利だよな。移動魔法についても考えてみないとな」

 知らない場所にも移動できるというのは便利ではないだろうか? まぁ転移さえまだよく解ってないので、とりあえずその辺りから調べないといけないが。

「影の中って広いの?」
「それなりには広いです。創造主の影の中でしたら、小生ならば三人ぐらいなら入っても十分な余裕があります」
「へぇー。一人で寂しくない?」
「常に創造主を近くに感じておりますので、少しも寂しくありません」
「そっか。もう一人ぐらい魔物創造しようかとも思ったけれど、それならいいかな」
「御心遣い痛み入ります」

 フェンと会話しながらも移動速度は順調に上がっていた。
 周囲に誰の目も無いので好きに駆けられる。おそらくプラタとシトリーはこちらを視ているのだろうが、それは別に構わない。むしろ僕が探知出来なくても二人が発見してくれるから安心だ。

「大分慣れて来たかな」
「流石で御座います」
「フェンが僕を気にしながら走ってくれているからだよ」
「そんな事は御座いません。創造主に才在ればこそで御座います」

 相変わらずなフェンの身体を感謝を込めて撫でる。それにしても、僕が軽く走る程度の速度であれば問題なく騎乗していられるようになったな。
 そのまま夕方までフェンとの会話を楽しみながら森の中を駆け続けたおかげで、自分で走るぐらいの速度までは乗れるようになった。そのまま森の入り口近くまでフェンに乗って移動すると、そこで降りる。

「ありがとうフェン。おかげで楽しい休日になったよ」
「小生こそ創造主に相手をして頂き、欣喜雀躍の想いで御座います」
「ははは、それは良かった。また今度背に乗せてね」
「心よりその時を御待ちしております」

 そう言うと、フェンは僕の影の中に姿を隠した。

「さて、帰ろうかな」

 そのまま森を出て宿舎を目指す。
 少し速足気味にではあるが、今から帰れば陽が沈む頃には着く事だろう。それにしても、思い付きではあったが有意義な時間が持てた。
 フェンの背に乗れたのもだが、フェンとの会話も中々に興味深いもので、着実に成長しているのが窺えて嬉しくなる。僕に子は居ないが、親というのはこういうものなんだろうか? 最後に少しだけ両親の事を思い出した休日となった。

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