04-[ギルド シャムロック]
「お姉ちゃーん！帰ったよー！」
街を照らす太陽がちょうど真上に来た頃にウィルとメルトは３つ葉の紋章の旗のある建物――ギルド シャムロックの拠点に辿り着いた。拠点についてメルトは早々このギルドのマスターを務めている姉を呼びにその奥へと小走りに走っていった。
一人ホールに残されたウィルは建物の内部を見渡していた。外からも感じたことだが、なかなか大きく立派な建物で今いるホールの他に依頼主の応対をするための応接室やチームのミーティングを行うであろう小部屋などいくつもの部屋が確認できる。３階建てではあるが建物の中央に位置するこのホールは吹き抜けとなっていて、更に天井がガラス製のため陽の光に照らされていて開放的な雰囲気がある。
メルトが言っていた結構大きなギルドというのはどうやら本当らしい。しかし、今は閑散としており人の気配が無く、建物の大きさがよりその寂しさを助長している。メンバーが酒を飲み交わしながら依頼の達成を互いに労ったり、依頼などの情報を交換したりするような情景が思い浮かぶホールの壁際にあるバーカウンターには今はもう人の姿が見えない。ホールの奥にある巨大なコルクガシ製の掲示板にも簡単な内容の依頼書が３枚張り出されているだけだった。その依頼書の内容も“迷子の犬を探してほしい”、“擦り傷によく効く薬を調合してほしい”、“猪の肉を調達してきてほしい”といったような軽いおつかい程度のものしかなく現在は細々と続けているだけのようだった。
ウィルがその依頼書を眺めながらしばらく待っていると、奥の部屋からメルトともう一人の少女が歩いてきた。少しだけ幼さが残るメルトとは対照的に、胸の下まである長い髪を体の前で緩く編んでいる三つ編みといった髪型のせいかどこか落ち着いた雰囲気を持っている。しかし、透き通った蒼い空のような色をした綺麗な髪と瞳、可愛らしい顔はメルトと非常に似ている。腰付近に巻かれている大きなリボンが特徴的な服を着ているが、生地の材質や色などはメルトの来ているものと共通するものが多いように思える。
「私はこのシャムロックのギルドマスター、ラスと申します。あなたのことは妹のメルトから聞きました。仕事を探しているとか・・・」
その容姿からメルトの姉であることは大体予想がついていたが、ウィルはその少女がメルトの姉でありこのギルドのマスターであることを再認識すると、ここに来ることになった経緯をラスに説明した。
ちなみに、ギルドマスターについて説明しておくと、その仕事は主にギルドの経営であり、ギルドが受ける依頼や依頼の報酬を管理し、メンバーの誰に依頼を担当させるか、メンバーの報酬の取り分などを決定する。大抵のギルドでは場慣れした中年以上の人がギルドマスターをやっており、自身が見てきたギルドも例外なく中年男性ばかりであったため、このような自分より年下に見える少女がギルドマスターであるということウィルはに少しばかり驚いているようだった。
技能検定を何も取得していないことも含め、全てを正直に話しているウィルの言葉をラスは真剣に、そしてどこか申し訳なさそうに頷きながら黙って聞いていた。そしてウィルが話し終えるのを待ってから本当に申し訳なさそうな表情でウィルに答えた。
「本当にごめんなさい。あなたをこのギルドで雇うことは厳しそうです・・・」
「あ、あはは。そうですよね！こんな何も技能検定を持っていない僕じゃ雇うのは厳しいでうすよね・・・」
ラスにそう告げられ、やっぱりウィルはやっぱり技能のことかと落胆していたが、その後話を聞いてみるとそういった理由ではなかった。ラスはどうやらもうすぐこのギルドを畳もうと思っているらしい。もともとこのギルドはラス達の両親が経営していたが、数年前に不慮の事故で両親が亡くなってから彼女がその役目を引き継いだのだという。かつては多くのメンバーが在籍し、彼女らの両親の手腕もあって栄華を極めたが、彼女が引き継いでからは徐々にメンバーが抜けていってしまい、今では彼女達を含めて4人しかいないのだそうだ。そんな話を聞いていると突如妹のメルトが大声で叫んだ。
「なんでそんなこと言うのっ！！お父さん達が遺してくれたこのギルドが無くなっちゃってもいいの！？」
先程まで笑顔でいっぱいだったメルトの顔は悲しみで歪み、目にはうっすらと涙をうかべていた。しばらく何かを言いたげにラスの目をずっと見ていたが、やがて、どんっ！と僕に少しだけぶつかり、そのままギルドを飛び出してどこかへ行ってしまった。ラスは黙ったままどこか寂しそうにメルトの視線を受け止めていたがメルトが出て行くと、すみません。見苦しいところをお見せして、と謝ってきた。ウィルはこの気まずい空気の中ラスにどう言葉をかけようか迷っていたが、やがてラスが先ほどのメルトの行動、感情を説明するためにこのギルドが自分達にとってどのようなものだったのかを語り始めた。
「私の両親はいつもこのヴィオラの街の人々の幸せを願っていました。困っている人を助け、守り、人々の幸せのためならどんな些細な依頼でも経営そっちの気で受ける・・・そんな両親はヴィオラの人々から愛されていました。そして、両親を慕い多くの人々が集まり、いつしかシャムロックは王国の中でも有数のギルドとなりました。私とメルにとって、そんな両親とシャムロックは誇りであり、周囲の人々も含めて幸せそうに過ごすこのギルドの空間が大好きでした。でも、両親を失い求心力を失ったギルドからは徐々に人がいなくなっていきました。あの子は怖かったんだと思います。両親だけでなく、幸せだったこの空間も無くしてしまうことが・・・」
そう話してくれたラスは寂しげな表情のまま、すみません、今日あったばかりの人にこんな話をして、と言って話を終わらせた。一時的なものではあるだろうが、仲の良さそうな姉妹が気まずくなるようなきっかけを自分が作ってしまった思い、なんと声をかけていいかわからずにウィルは口にする言葉を慎重に探した。
「・・・ずっと生まれ育った居場所が無くなるのは辛いですよね。俺も今まで住んでいた場所にいられなくなって出てきたところだったので」
「そうだったんですか。それは大変でしたね・・・。ずっと一人で旅してらしたんですか？」
「ええ、行く宛もなく気の向くままにオーパーツを探していろんな遺跡や街に行ったりしていました。ただ無計画すぎて所持金が無くなっちゃってこの街で動けなくなっちゃったんですけどね・・・」
「ふふっ、ウィルさんて頭良さそうに見えるのに意外とドジなところあるんですね」
特に面白いことを言ったつもりはなかったが、ウィルは初めて見たラスの笑顔にひと安心した。
「自分のせいでこんなことになってしまって本当にすみません・・・。メルトはただひたすら俺を助けてくれただけなんです。」
「いえ、私が悪いんです。あの子の前でそういうことを言ってしまったことが迂闊でした。とても今敏感になっているのに・・・」
「メルトは大丈夫ですか？俺外探してきますよ」
「メルトなら大丈夫です。きっと夕方くらいにはお腹を空かせて戻ってきます」
ラスはメルトのことを心配しつつも、妹のことはよくわかっているようだった。
「そういえば、仕事を探してるんでしたよね！それでしたら、西側の通りにある総合技能検定所で検定を受けて証明書を貰ってきた方がいいですよ。きっと低いLvなら検定料も王国が奨励金を出していてそんなにかからないと思うので・・・」
ふとウィルが何故ここに来たのかを思い出したラスはウィルに技能検定のことを説明し始めた。この街に来てからずっと技能検定が無いという理由で仕事を断られ続けたが、やはり仕事を探すには技能検定を受けて資格を取得することが一番の近道であるようだ。
「その技能検定所って言うところに行けば、誰でもすぐ受けられるものなんですか？」
「はい。日中ならいつでもやっているので、お金さえあれば簡単に受けることがますよ！ちなみに主にどんな仕事を考えているんですか？主な技能の検定は総合技能検定所で受けることができるんですが、ものによっては別の街に行かなければならない技能もあるので・・・」
“お金”という言葉を聞いた瞬間にウィルの頬が引き攣ったが、とりあえず話だけでも聞こうと思いラスに希望の仕事、すなわち遺跡や未開の地に赴きオーパーツ収集したいということを伝えた。
「それでしたら、ディガーですね。だったらこの街で受けられますよ！ディガーは遺跡やオーパーツといった危険なものを多く扱うので、それらを適切に保管、使用できるだけの知識が求められます。とは言っても、奨励金によって無料で受けられるLvは２までなので、勉強すればすぐに取れると思いますよ。」
無料で受けられるということに加え、求めている「ディガー」という技能の検定が知識のテストという得意としている形態であったため、ウィルはようやく安心することができた。
「無料で受けられるんですか！？これで生きていくことができる・・・。ラスさん本当にありがとうございます！」
「もうっ、ウィルさんたら大袈裟ですね」
よほど嬉しかったのだろうかかなり大袈裟に感謝してくるウィルに思わずラスは笑ってしまった。ウィルはメルトのことが少し心配ではあったがあまり長居しても悪いと思い、頑張ってください！と言って優しく送り出してくれたラスに軽く一礼をして、早速総合技能検定所に向かうことにした。
