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永友知紘の不運

伊海県立新海総合高等学校。毎年国公立大学に多くの合格者を出す進学校。公立高校のキャンパスの敷地面積としては市内随一の面積である。それゆえ、テニスコート4面、サッカーコート1面、陸上で使用するトラック。4階建ての旧校舎、5階建ての新校舎、3階建ての特別教室棟、体育館・講堂棟を詰め込んでも、野外音楽堂一つくらい作れそうなほど敷地が余っている。野球場もあったな。
俺は校舎に向かって歩く。もうここに通い始めて1月ほど経つ。俺は下駄箱から上履きを取り出し、突っ掛けのように履く。歩いているうちに踵を収めてしまう。教室に入ると、一番前の窓際の席に座る。入学試験の時の順位でクラス・席が決まる。五十音順で席順が決まるのではないのだ。1年3組は、進学コースの最上位クラスで、総合学科に属している。授業は単位制で、自分で教科を選択して行う。教室はクラスごとに一つずつではあるが、自分の選択した授業ごとに化学実験室だったりに行くことになる。国語科のみ全員強制的に受講させられるが。俺は、隣席に目を向ける。昨日、隣の席の女子、海峯望都から、ある提案を受けた。この学校では、全生徒が強制的に部活動をやらされるわけではないので、内申にも響かない。だから俺は部活には入らない。ところが、彼女は、部活動を新しく創りたいと言い出し、創部届を俺に渡してきたのだ。部員は俺と彼女。部長は何故か俺。部活動として学校に認可を受けるには、2人以上必要である。それは2人だけでもいいということだ。だが、念のためにもう1人集めようと彼女が言い出した。俺は、まだ友人と呼べるクラスメイトは一人としていない。俺は、取り敢えず創部届を自分の机の中に突っ込み、放っておく。

放課後、俺が生徒玄関から出ると、スマートフォンがピロリンと電子音を鳴らした。LINEが来たらしい。見てみると、望都からだった。-創部届、机に入れっぱなしじゃん。知紘の家行くからねー
と言う傍迷惑なメッセージ。俺は急いで帰ることにする。

家の重厚な鉄製の門扉を開け、玄関扉に付いている電子キーの差し込み口にカードキーを差し込むと、ガチャッと音がし、鍵が開く。中に入ると、玄関になぜか女物の靴がある。母はこの時間仕事で外出中である。祖父母がいるが、祖母はこんなピンク色の靴は持っていない。と言うことは・・
俺は階段を駆け上がり、自室のドアを開ける。そこには・・・
「あ。おかえり。知紘」
と明るい声で言う望都。俺は、
「よくもまあ。入部希望者探すの面倒だから放っといたのに」
と言う。どうやって入ったかなんて聞かない。大方うちの祖母が入れたんだろう。そこで、もう1人スタイルのいい女子生徒がいるのに気が付いた。望都が、
「こちら、入部希望者でーす」
と言う。あ・・・・・いたんだ。俺は、
「・・・あの、どちらさんで?1年生にいましたっけ?」
と言った。その女子生徒が、
「峯田実優です。2年生です」
と言う。・・・先輩か。俺は、
「部活動に入ってないんですか?」
と言った。峯田は、
「えーと。昨年度まで陸上部にいたんですが、足にけがをしてしまって、それで退部したんです。それで、こちらの望都さんからお話を伺って、その・・・新しい部に入部しようかなと」
と言う。俺は、
「ああ、はい。わかりました。では、創部届に名前を書いてください」
と言った。すると、望都が、
「もう書いてもらったよ?」
と言う。なんだ。じゃあいいや。すると、峯田が、
「あの。一つお願いいいですか?」
と言う。俺は、
「・・・どうぞ」
と言った。峯田は、
「私のクラスの同級生で不登校の男子がいるんです。その人も入れてほしいんです」
と言う。俺は、
「その人の意思を聞かないと部員にできませんよ。だいいち、不登校の生徒を無理やり部活動に入れる必要があるんですか?その人だって、強制的に部活動に入れられるのを不快に思うんじゃありませんか?なぜその人を入れたいんですか?」
と言った。不登校と言うことは、学校に嫌なことがあるという事である。今2年生と言うことは、1年の頃は来ていたのであろう。峯田は、
「その人は、ちゃんと学校に来ていれば3年生だったはずなんです。去年彼が2年になったころ、彼のクラスでいじめが起こって、彼が標的にされたそうです。1月ほど経ったとき、彼が学校に来なくなったそうです。そして、彼を苛めていた男子生徒3人が退学させられたそうです」
と言う。なるほど、その生徒は、不登校になり、自分を苛めていた奴らを学校に告発し、退学させたということか。俺は、
「彼と連絡取れませんか?」
と言った。峯田は、
「無理です。担任が事情を聞きに彼の家に行ったそうですけど、今は一日中部屋にいてパソコンを使ってるそうです」
と言う。よし。俺はニヤリと笑い言った。
「彼と連絡を取るいい方法がありますよ」

その日の晩、俺は自室の隣にある自分専用の作業場で、入学祝いに父に買ってもらったデスクトップPCを使い、彼ー友部長宏に連絡を取ろうとしていた。俺はよく学校の昼休憩の時間に旧校舎の屋上に行き、スマートフォンを使い、インターネットラジオを聴いている。校舎内でスマートフォン・携帯電話の使用は指定の場所以外、一般教室・学食・屋上以外禁止だからだ。屋上は人がほとんど来ないし、特に旧校舎の屋上は昼になると西日をもろに浴びるため、人は俺以外ほとんど来ないのだ。そんなことは関係ないが、俺がよく聴くラジオは、個人のサイトから聴くことができるラジオで、サイトの管理人は、『ともなが19990405』と言う人だった。俺の推測が正しければ、この管理人名の下にある、TN19990405@xxxx.comというメールアドレスにメールを送れば、必ず返信が来るはずだ。俺は、メールを打ち、送信をクリックする。これで、明日にでも返事がやってくる。

翌日昼、俺は屋上で99radioserviceの曲を口ずさみ、空を見ていた。屋上の入り口の扉が開く。顔を見せたのは、ボサボサの髪の毛。顎に薄く生えた髭。くぼんだ眼の男。俺は、
「友部長宏さんですか?」
と言った。男は、
「そうだが、何の用だ?」
と言う。俺は、
「友部先輩。あなたには僕が創部する部・・・電脳部に入部していただきたいんです。メールにそう書きましたが」
と言った。友部は、
「俺みたいなほとんど学校に来ないやつが、部活なんか入れるわけ・・・ないだろ」
と言う。俺は、
「確かに、入部したきり一度も部活に来なかったら自動的に退部扱いになります。正式な部員なら、ですがね」
と言った。そう、正式な部員なら、来なければ自動的に退部である。友部は、
「どういうことだ?」
と言う。俺は、
「非参加部員。暫定部員待遇なら、来なくても退部させられることはありません。正式部員でなければいいんです。創部届には、不参加部員、暫定部員の名前を書く欄があります。部活動に参加する気がなく、学校にあまり来ていない生徒を部活動に取り敢えず入部させようと現在の学校長が校則に付け加えたそうです」
と言った。校則の条文にあったのだ。友部は、
「うちの学校は部活に入ってなくてもいいんじゃないのか?」
kと言う。俺は、
「不登校の生徒に学校とのつながりを持たせようと校長が押し切ったそうです」
と言った。これは校則の序文に書いてあった。友部は、
「お前、賢い奴だな。わかった。名前を書くよ。ペン貸してくれ」
と言う。俺は、胸ポケットに入れておいたボールペンを友部に渡す。友部は、すらすらと名前を書き、ボールペンとともに創部届を俺に渡してきた。

放課後、俺のクラスの担任に創部届を提出すると、あっさりと受理された。そして、俺は交渉を始めた。まず、電脳部用にデスクトップPC6台・ワークステーション3台を購入または提供してもらう事、それを担任に言うと、
「今年、パソコンやらを一新して、古いけどまだ使えそうなのが倉庫を占領してるの。丁度要求している分はあるから、持っていくといいわ」
と言われた。この要求はすんなり通ってしまった。俺は、もう一つの要求を、
「あと、古いメインフレームサーバ、PCサーバ、ミッドレンジサーバがあればもらいたいんですけど・・・」
と言う。担任は、
「私ではわからんから、ちょっとシステム科の戌井先生に聞くから、ちょっと待ってくれ」
と言い、システム科の教員がいるデスクの島に行った。暫く待っていると、担任が戻ってきて、
「コンピュータ室のサーバが去年新調されて、君の言ったサーバ・・・全部前のが残ってるそうだ。メインフレームサーバ・PCサーバ・ミッドレンジサーバ・・・ミッドレンジサーバはフォールトトレラントコンピュータと言う奴らしい。戌井先生の話では、よく企業にあるらしいが、扱えるのか?」
と言う。俺は、
「うちにもフォールトトレラントコンピュータはありますから、大丈夫ですよ」
と言った。担任は安心したようだ。

翌日、旧校舎の3階、旧生徒会室にパソコン用のデスクを9つ運び込み、手早く設置する。そして、新校舎1階の倉庫からラックマウント型サーバを3台、デスクトップPC6台、ワークステーション3台を荷物運搬用エレベータで新校舎3階まで運び、借りてきた台車数台と段ボール箱で部室まで運んでしまう。俺は、手早くサーバにPC・ワークステーションを接続し、コードを配線カバーで隠す。ラックマウント型のサーバが部室の中央部に並べて設置され、サーバを挟んで対にPC2台、ワークステーション1台ずつ設置されている。あと、サーバ管理用にワークステーション1台をメインフレームサーバの横に設置。よく昔のオフィスに見られた窓に背を向けるように座る部長席のようにデスクを二つ並べ、その上にPCを2台置く。これで部室の完成である。ところで・・・・。望都が来ていないんだが。俺以外に友部が手伝いに来てくれていたので良かったが、峯田など大変そうである。重いメインフレームサーバとミッドレンジサーバを運んでくれたのである。俺は、旧校舎の屋上に行く。そして、スマートフォンで電話を掛ける。数秒後、
『もしもし?知紘?』
と言う望都の声が聞こえた。俺は、
「今日部室の準備するって言ったよな。今どこ?」
と言った。望都は、
『・・・駅。友達に無理やり市街に連れていかれて、新海駅で普通電車に乗せられて、どこかよくわからない市の駅』
と言う。どういうことだよ。俺は、
「ひとまず、何駅通り過ぎた?」
と尋ねた。望都は、
『えっと、6駅分、今私がいる駅を除いて』
と言う。俺は、
「とりあえずそっちまで行くわ。絶対に動くなよ」
と言い電話を切る。そして考える。新海駅は県内一のターミナル駅だ。路線は数々出ている。確実に乗れる路線はその中で駅の数が一番少なく、本数が多いのが伊海鉄道である。新海駅から出発して6駅通り過ぎた先には、終着駅の芝村市駅がある。芝村市は、県の端っこに位置する人口6万人ほどの小さな市である。俺はスマートフォンであるところに電話を掛ける。

1時間後。俺は祖父の経営していたタクシー会社に頼んで、送迎車を一台安く回してもらった。そして、急いで芝村市に向かう。俺の銀行預金はそれなりの額があるので、3万円くらい普通に支払える。俺はレッツノートで小説を書きながら、芝村市駅まで過ごす。芝村市駅に着くと、俺はレッツノートを座席に置いて駅の入り口に飛び込む。そこには望都と、誰か知らない女子がいる。まあ予想はしていた。二人が口を開こうとするのを止め、急いで車に乗せる。どうせもう電車は来ない。俺は、運転手に出してくださいと言う。運転手さんははいよと言い、車を発進させる。何故ここに来たかと言うと、芝村市駅の3駅手前、長松駅の新ターミナルビル内にできたユニクロに行こうと思い、電車に乗ったところ、寝過ごしてここまで乗ってきてしまったそうだ。とはいえ・・・。
「望都。今日部室の準備あるって言ったよな?」
少し怒気を含ませた声で言うと、望都は申し訳なさそうに、
「忘れてた・・・・・・えっと、迎えに来てくれてありがとね」
と言う。まあ、いいんだけど。俺は、
「寝過ごすって・・・電車でよく寝れるな」
と言った。本当にそうである。本当に楽しみなら、眠ってしまう何てこと人間心理として有り得ないのである。すると、名も知らない女子が、
「寝不足だったし」
と言う。さいで。俺も寝不足だよ。望都も、
「あー。私も。昨日遅くまでゲーム作ってたし」
と言った。ゲーム作ってたって。お前ゲーム作るのかよ。すると、名も知らぬ女子が、
「へぇ。のぞみんゲーム作るんだ。すごい」
と言う。すごいか?俺もよく自主制作アニメとか作るぞ?ふと、車窓を見ると、満月が見える。高速道路から見える住宅街はまるで小さな星が地面に落ちているような明かりがちらほらと見える。夜の住宅街と言うのは、歩くときは少し怖い雰囲気がせんでもないが、遠目に見る分にはそれなりに小さい明りが見えるのがいい。たまには、こうやって夜に高速道路から街を眺めるというのもいいものである、と俺は思った。

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