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烏丸源一の証言

俺は愛車のクライスラー300Cを運転し、父の住む豊見城市に向かっていた。俺の経営する日本烏丸ホールディングスは、大手新聞社・テレビ局・ラジオ局・建設会社・不動産会社・銀行・研究機構などを傘下に持つ認定持株会社である。その礎となる旧日産新聞を創設したのが、我が曾祖父、烏丸稲吉である。大正時代、新聞社を設立した曾祖父は、昭和初期に俺の祖父、権作にすべてを託し、この世を去ったそうだ。その後権作は小さく新聞社を経営して、戦後しばらくして、俺の父、源一に会社を託した。源一は、自らが代表を務める科学研究所を新聞社の傘下に置き、テレビ・ラジオの放送免許を取得し、日本テレビを設立した。俺は1998年、37歳の時に、父の設立した日本テレビ・日産新聞社・烏丸建設・烏丸エステートの四社の株をすべて引き継ぎ、認定持株会社、日本烏丸ホールディングスを設立、その後、学校法人を15法人買収。みずほフィナンシャルグループ・日徳フィナンシャルグループを買収。受け継いで数年後には、日本でも有数のグループとなっていた。そして現在、55歳で後任に社長を任せて代表取締役会長に就任。忙しすぎてなんとなく疲れたので、そろそろ烏丸家と会社を引き離して、ゆっくりしようとも考えている。今度、終戦に関するスピーチのようなものをすることになっている。そのための資料を元軍人である父に借りようとこうやって車を走らせている。父の家に着いた。敷地面積は1000坪ほど。現在92歳。10歳も下の女性と結婚し、俺や弟の京志・省吾が生まれた。この屋敷は、1982年に日本科学技術研究開発機構、父の研究所が建てた研究員用アパートメントの建物である。その後父が住宅に改装。府内でも有数の豪邸らしい。俺が重厚な扉を開けると、車いすに乗った父と、ヘルパーの神代明子がいた。父が、
「京一。資料か?」
と言う。俺が頷くと、父は手招きして自分の書斎に向かう。神代さんが車いすを押そうと近づくと、父は、
「構わん。少し休憩していなさい」
と言う。神代さんは戸惑いつつも、居間のほうへ戻っていく。父は書斎に入る。この家は改装当時まだあまり普及していなかったバリアフリー構造になっている。書斎に入ると、父が、
「実はお前には秘密にしていることがある」
と言い出す。俺は、
「なんです?まさか戦争の歴史を覆すこと・・とかですか?」
と言う。そんな気がしていたのだ。父は驚いたように、
「ああ。ひめゆり学徒隊の事だ」
と言う。俺は、
「どういうことだ?」
と言う。父は重い口調で、
「生存者は3人と言うことは知っているな。だが実際は、5人だ。バンザイクリフから飛び降りようとしていた2人を助けた。その2人は衝撃的なことを話した。従軍看護婦として登用されるはずが、慰安婦として士官たちのいいようにされていたんだ。彼女たちは基地の地下の監禁所から逃げてきて自殺しようとしていた。俺はひとまず手近な漁船に乗せて、基地に戻った。その時玉音放送を聞いた。俺は基地から出て、漁船に乗って対馬に行き、2人を降ろし、対馬の撤退軍隊に混じって東京に帰った。その後、そのうちの1人と結婚した。そしてお前が生まれた」
と言う。俺の母さんが慰安婦扱い?俺は、
「軍の資料に学徒隊の人数が記録されていただろう?2人足りなかったら問題になるだろう」
と言い返す。その筈である。父が、
「12年たっても国から何も言ってこなかったから、やっと気が付いた。士官たちは証拠を隠滅し、2人を死んだことにしていた。彼女らの両親も何ら不思議に思わなかった。私が結婚した文子は、名前を燈子に変え、私の上官の娘として引き取ってもらった。その上官はいい人で、士官ではない。彼女が慰安婦扱いされていたことも知っていたからな。その後、結婚した。結局70年たった今でも、そのことは公表されていない。一か月後だったな?お前のスピーチは。このことをその場で発表してくれ。これは言わなければいけないことだ。」
と言った。俺は、
「資料はあるのか?」
と父に尋ねる。一応資料をもらわなければならない。父は、自分で車いすを動かし、デスクトップPCのあるデスクまで行き、ディスクケースを持ってきた。そして、
「これにすべてのデータが入っている。これを持っていけ」
と言い俺に渡す。俺はそれを受け取り、
「分かった。これをもとにスピーチ原稿を書くよ。好きなように言ってくれと言われてるから、長さだけ言っておけば、何とかなる」
と言い、父の家を後にした。

翌日早朝、日課のジョギングをする途中で、今鞍神社に入る。今鞍神社は、俺の住む那覇市中央区吾平瀬地区にある神社だ。いつもジョギングの時にここに寄って、参詣をするのである。賽銭を入れ、境内から出ようと階段を降りようとすると、背中に衝撃が走る。俺が階段を転げ落ち、意識を失う。憶えているのは、俺を突き落とした奴は、恐らく外国人だったように思う。

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