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 狭まった視界の中で、自分の吐いた息が白く染まって流れていった。

 唯一露わになっている口元と耳は、刺すように冷たい外気に晒されている。それすらも心地よく、私の意識を鋭敏にしていく。

 路面とタイヤが擦れるわずかな音が聞こえ、私は深い闇の中に身をひそめた。ヘッドライトが駆け抜けていく。交通量の少ない時間は、住宅街でもかなりの速度を出す車が多い。

 数秒後に残ったのは、一軒家が飾り立てるイルミネーションだ。一瞬ごとに形と色を変えるのも、最初はなにかが動いているように見えたものだが、慣れてしまえばさほど気にならない。

 それでも周りを一度確認しなおして、私は室外機の陰から体を出した。

 二階建ての集合住宅の一階、その裏に置かれた室外機は、低い音を立てながら稼働している。頼りになるのは、二階のカーテンの隙間から漏れる明かりくらいだ。

 仮面で狭くなっているのもあって、視界はすこぶる悪い。靴ごと覆って足首で縛ったビニール袋と、髪の毛を隠す帽子を確認。最後に、使い捨ての薄いゴム手袋をはめ直す。

 目撃されれば不審者扱いは避けられないが、目撃さえされなければ証拠を残す可能性は低い。

 最後に仮面を押さえて、私は手すりに手をかけた。物干しざおと室外機だけが置かれた狭いベランダへ入ると、わずかに軋む音。しばらくその場に留まって、周囲をうかがう。

 動きはない。

 私は息をひそめて、ガラス戸に手をかける。

 室内へ続く扉は、抵抗なく開いた。

 中から漏れる空気はぬるい。ろくに換気されていない他人の部屋の匂いが鼻をついた。

 カーテンを押し開き、ワンルーム特有の、生活の全てが詰まった部屋に足を踏み入れる。すぐ左側に布団があって、その上で家主が眠っていた。

 無防備に。

 これから自分の身になにが起こるのか、知る由もなく。

 熱く、冷たい衝動が、私の体を巡っていく。

 折り畳みナイフをポケットから取り出し、刃を出す。パチリ、という音も、その反動も、手に馴染む柄も、もう慣れたものだ。

 彼は、果たして何人目だっただろう。

 四人目か、あるいは五人目か。

 過去を遡って数えようとした理性を、どす黒い感情が焼き尽くしていく。

 私にとって重要なのは、これからの一瞬だ。

 仰向けに眠る男のとなりに膝をつき、手近にあったクッションを掴む。

 眠る男の顔にクッションを乗せてしまえば、彼の死はほとんど確定したようなものだった。左手でクッションを抑えたまま、ナイフを掴んだ右手で男の胸に触れる。

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