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鷹と鷲とカマスと

 海の彼方に沈もうとする大きな夕日に、小さな点が黒くぽつんと浮かんだかと思うと、翼を広げた大鷲が飛んでまいりました。
 タイミングよくレミンカ様とイルマが現れたのは、これがあったればこそでございます。
 兄が目指す相手にたどり着いたと知るや、大鷲コトカに乗り込んで御殿からレミンカ様を拾い上げたイルマ、時空を捻じ曲げ、星々の間をあっという間に飛んできたのでございます。
 当然、御殿の一部と宿舎は倒壊いたしましたが……。
 それはそうと、自動操縦になっております大鷲コトカ、レミンカ様とクレルヴォを両の脚でひっつかみました。
「いきなり何すんじゃ妹よおおお!」
「待てイルマ決着はついとらんぞおおお!」
 幼いころから仲良く喧嘩で鳴らしたタッグチーム、大空の彼方へと消えてしまいます。
 代わりにロウヒ様の前へ残されたのはイルマ1人でございます。
「で、アンタがアタシの相手だって?」
「あ……」
 イルマもまとめて逃げればよかったのでございますが、生憎とコトカの脚は2本だけ。
 できることは苦笑いくらいのもので。
「いえ、お互い頭を冷やしてくれないかな、と」 
 そうは問屋が卸しません。
 その手は桑名の焼きハマグリ、そううまくはイカのキ……。
 失礼いたしました。
 ともかく、ここまでやったからにはポホヨラの女帝がそう簡単に許すわけがございません。
「甘いねえ、お嬢ちゃん! 」
 ふっくらした手で小柄なイルマの頭をナデナデするなり叫びます。
「ハウッカ!」
 見る間に巨大な鷹のオーラがロウヒ様をを包み、天空高く飛び去って行きました。
 イルマがさっと取り出しましたのはお手製のオペラグラス。
 その倍率はただ物ではございません。
 覗きこめば、そこには太陽に向かって飛ぶ大鷲に追いすがる鷹がおります。
「逃げて! お兄ちゃん! レミンカ……様……」
 乙女の祈りも空しく、ロウヒ様の変じた鷹にロックオンされたレミンカ様とクレルヴォの大鷲コトカ。
 背中でくるりと反転いたします。
 そのクチバシが、ハウッカと呼ばれる鷹の背中に迫ったと思いきや。
 今度はその鷹が反り返って宙返りいたします。
 大鷲の背中を捕らえる鷹の爪。
 翼を広げて燃え上がる鷹のオーラで、大鷲は一瞬で粉砕されてしまいました。
 オペラグラスの倍率を上げれば、真っ逆さまに海へと落ちていく、レミンカ様とクレルヴォの姿がはっきりと分かります。
 イルマはどこから取り出したのか、手の中の通信機に向かって呼びかけます。
「ハウキ!」
 再びオペラグラスを覗きますと、海中より巨大なカマスハウキが現れて、イルマの兄と若旦那をばっくりと呑み込んでしまいました。
 こんなこともあろうかと、ポホヨラに到着したときに予めコトカの両脚から投下しておいた「浮き」のようなものでございます。
 これを作るヒマがあるなら大鷲を3本足にでも4本足にでもしておけばよかったのですが、そこは「永遠の匠」。
 その考えは常人の及ぶところではございません。
 さて、この巨大カマス「ハウキ」が再び海中に逃れようといたしますと、「ハウッカ」すなわち鷹のオーラはこれも引っつかんで持ち上げようといたします。
 持ち上げられては沈み、引き込まれては持ち上げの力比べが何度となく続くうちに、カマスの機体にもひびが入り、ロウヒ様のオーラにも陰りが見えてまいります。
 やがて夕日は水平線のかなたへと沈み、その残光が波立つ海面に砕け始めた頃。
 光る鷹の翼が大きく羽ばたいたかと思うと、カマスは天空高くつかみあげられました。
「レミンカ様!」
 地割れの入った道の上で独り佇むイルマが、オペラグラスを手に悲鳴を上げたとき!
 大きな水柱が高々と噴き上がり、カマスは鷹のオーラと共に海の中へと沈みました。
 ほっとしてその場に崩れ折れたイルマも、はっと我に返ります。
「いけない、回収!」
 通信機に向かってハウキ、ハウキと呼びかけますが、彼方の海面に浮かんでくるものは何一つございません。
「どうしよう、レミンカ様、お兄ちゃん……ロウヒ様」
 眼鏡の奥からぽろぽろと涙を流すうちに、海岸の町もとっぷりと日が暮れてまいります。
 夕闇の向こうから海風が吹き始め、落胆する少女の髪を揺らし始めました。

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