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 さぁ、血濡れた仮面劇の幕を上げよう。


     *


 鮮やかな赤色が、私の掌にあった。

 目元を覆い隠すための、華美な仮面。材質さえ違えば安っぽいパーティーグッズに見えるのだろうが、私の手の内にあるそれは時代錯誤を感じてしまいそうなほど本格的で、ほどよく重い。見るほどに意識を吸い込まれそうな魔性の赤色は、もしかすると長く存在しているモノ特有の色なのかもしれない。

 この仮面をつけた私の姿を少しだけ想像して、笑う。

 私が着ているのは黒いセーラー服だ。こんな仮面をつけたら、それこそ手を抜いたハロウィンの仮装にしか見えないだろう。だとしても、シュールすぎる。

 その姿はきっと、滑稽だ。

 それでも、私は深く息を吸い込んで、一度全ての感情を削ぎ落した。

 学校からの帰路の途中。家の最寄り駅との間にある、なんの変哲もないベッドタウンの駅で途中下車をしたのには、きちんと理由があるのだから。

 夕闇が終わる。

 日が沈む。

 夜の時間がやってくる。

 一斉に光り出したのは、夜道を照らす街灯と、競うように飾り立てられた家々のイルミネーション。十二月を迎えた住宅街は、闇に歯向かうように光り輝き──その分だけ、照らされない闇を深くする。

 私は、その闇の中にいた。

 街灯にも、イルミネーションにも照らされない闇に溶け込みながら、私はそっと仮面をつける。

 仮面は、私が私であることを隠してくれる。

 仮面をつけている間だけ、私は松ヶ谷遥香ではない誰かになる。

 狭まった視界は、むしろ私を安心させた。

 そして、同時に──仮面で素性を隠した代わりに、理性の奥底に隠していた本性が顔をのぞかせていた。

 靴音が聞こえる。

 鼓動がテンポを速めていく。

 高揚した感情が、血液に乗って全身へ巡っていく。その熱量に、薄っぺらい理性が打ち勝てるはずもない。今まで被り続けていた「周りに馴染むための仮面」など、新しく上書きされた真紅の仮面が簡単に剥ぎとってしまう。

 鋭敏になった聴覚が、靴音の乱れを聞き取った。

 特徴的な高い音は、踵の高い靴のものだろう。

 幾度となく繰り返してきたシミュレートが、脳裏で次々に現れては消えていく。

 闇の中で息をひそめ、獲物が前を通るのを待つ。

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