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2. 改造人間(2)

「ギン様、服」

 しばらくすると、綺麗に畳まれた服を、クマッチャの一頭……一匹……一人が持ってきてくれた。喋るクマだし、単位は人でいいよな。

「ありがとう」
「銀の使い様、お礼、幸せになる」

 持ってきてくれたクマッチャにお礼をいったら、突然、そのクマッチャが広場の真ん中で踊り始めた。どうやら、嬉しかったらしい。

「おう……これは……」

 そのクマッチャは放置して、持ってきてくれた服を手に取ってみた。麻のような素材で造られたベージュのシャツに、黒いゆったりとしたガウンのような上着、7分丈の黒いズボン。下着も靴下も無い。

「ギン様、これ」

 そこへ、もう一人のクマッチャが、近づいてきて草を編んで作ったようなブーツを差し出してくれた。いつのまにか、別のクマッチャが靴も探しに行ってくれたみたいだ。

「あ、ありがとう」

 確かに、移動するのに、靴が無いと困る。
 そう思って俺はお礼を行ったのだが、お礼を言われたクマッチャは先程のクマッチャの横にいき、踊り始めた。

 幸せそうな笑みを浮かべて一心不乱に踊るヌイグルミのクマの姿に、癒やされながらも俺は人間である証明のために服を着込んだ。

***

「服を着たロボットだよなぁ」

 服に着替え、ブーツを履き、改めて鏡に映る自分を見るが、そこには服を着た輝くシルバーボディを持つロボットが立っているだけだった。むしろ、服を着たことによって、余計に不気味さを醸し出している。

 まぁ、これは鏡の問題だと俺は決めつけ、族長に向かって頭を下げ、こう言った。

「それじゃ、族長。お元気で」
「ギン様? どこへ」
「えーと……あっち。人がいる方」
「クマッチャ族、ギン様と離れる?」

 一瞬名無しそうな表情をした族長の表情が突如一変し、俺の方を見て唸り声をあげ始めた。そして、族長に引きづられるように、族長の娘や周囲にいたクマッチャ達も、唸り始める。

 この状況にあっても、愛らしいのはヌイグルミとそっくりなせいだろうか。だが、ここを立ち去るという事に気分を害したという事なんだろうな。愛らしくも剣呑とした雰囲気に、俺は場を取り繕うように言い訳を始めた。

「離れるるというか、お前たちには感謝はしているが、俺にもやりたい事があってだな。これが永遠の別れという訳でも無いし、まぁ、落ち着いて話せば……うわっ!」

 背中に衝撃を感じた。
 ついに怒りに任せて、クマッチャ達の誰かが襲ってきたのか?
 慌てて振り返ったら、そこには、2つに折れた人の背丈ほどある太い木の槍が地面に転がっていた。

 クマッチャ達、こんなものを投げつけてきたのか!

 俺は思わず、槍が飛んできたであろう方向を睨みつけた。広場の回りにある木の陰。あそこ潜んでいるに違いない。なんとなく気配がする……そう思っていたら、そこから大きな影がのっそりと現れた。

「パンダーン参上! クマッチャ! 滅ぼす!」

 出てきたのは、クマッチャの3倍の大きさ、俺の背丈で言っても、倍近いパンダ。
 先程、俺がこの世界に落ちてきた時にぶつかったパンダーンの族長のようだ。
 その証拠に頭部には薄汚い包帯が巻かれており、少し血が滲んでいる。

 そしてパンダーンの族長の背後から、次々と現れるパンダ。族長より一回りくらい小さい。ヒグマにツキノワグマといった所だろうか。見た目はパンダだけど。
 
「お前ら、殺れ!」

 族長の合図に、周囲にいたツキノワグマサイズのパンだが広場になだれ込んで来た。

***

「クマッチャ! ギン様を護る!」
「馬鹿、お前ら逃げろ!」

 俺を取り囲むようにクマッチャが防御陣を敷くが、そもそもクマッチャとパンダーンでは体格差が3倍くらいある。戦うなんて無理だ。ついでに言うと、俺もヒグマと戦うのは無理。

「ギン様! ギン様!」

 だが、俺の心配もよそに、クマッチャは木の槍を振り回し、パンダーンを牽制する。だが、判断が槍を横殴りに振り回すと、あっという間にクマッチャ達が蹴散らされる。

 このままでは若いいクマが獰猛なパンダに殺られてしまう。言っていておかしな気分にもなるが、危機的状況には変わらない。服をもらった俺に、少し俺も頑張ってみよう。どうせ一回死んだ命だし。

「俺がやってやるよ!」

 といっても素手でどうすればいいのだろうか。
 そう思案した瞬間、脳内に大きな声が響いた。

『ロケットパーンチ!』
「はぁ?」

 その声が響いた瞬間、俺の両腕はパンダーンの族長に伸ばされ、そして――

「何だこりゃ!」

 肘の先に筋が一瞬入ったかと思うと、腕がパンダーンの族長に目掛けて飛んでいった。

 腕が取れた?
 一瞬そう思ったが、腕は残っている。
 腕から出た腕のようなもの……そんなものが、パンダーンの族長に命中する。

「ぐわ!」

 パンダーンの族長が吹き飛び、森の奥へ消えてしまった。
 速度もあったし、かなりのパワーだったんだろう。

『よし、メガビーム!』
「え?」

 また頭の中に声が響くと、今度は目から何か光のようなものが飛び出し、パンダーンを撃ち抜いていく。撃ち抜かれたパンダーンの毛皮からプスプスと煙が上がり、撃たれたパンダーンは慌てて森の中へ逃げて言う。

 だが、それどころじゃない。

「誰だ! 俺の頭の中にいるのは……って、あいつしかいないか!」

 そうだ。この声にも聞こ覚えがある。こんな事をするのは、俺を生き返らせた野郎に決まっている。だが、そう思った俺の意思にはお構いなく、再度頭に声が響く。

『ぎゃははははは、ジャーンプ!』

「うわぁ……」

 その声に操られるように、俺の身体は一度しゃがみ込み、全力で飛び上がった。そして、慣性の法則など一切無視するがごとく、突如俺の身体は空中で止まり、左足を縮め、右足を伸ばすと、

『必殺キーック!』

 そう脳内に声が響き、ちょうどロケットパンチのダメージから復活したのか、広場へ戻ってきたパンダーンの族長目掛けて、重力を味方につけた飛び蹴り。
 
「ぐわぁぁぁぁぁぁ」

 族長は叫び声を上げながら、森の中へ消えていった。
 その姿を見た他のパンダーン達が、一度逃げた森の中から泡を食ったように広場中央まで駆け込んできた。一様に呆然とした顔をしているように、俺には見えた。全員、パンダだけど。

 駆け込んできたパンダ達は、反撃してやろうと構えた俺の10メートルくらい手前で急に立ち止まり、全員でファイティングポーズを取っている俺に向かって土下座を始めた。

「銀色の使い様! 本物! どうか許して!」
「族長、追放する! どうか許して!」
「「「どうか許して!」」」

 どうやら俺はクマのヌイグルミに続いて、着包みサイズのパンダの忠誠を手に入れたみたいだ。

***

 圧倒的な強さを見せた俺に対し、必死に忠誠を誓うパンダーンと、どこか誇らしげなクマッチャ達に、広場で待つように指示をして俺は森の中に入っていった。勿論、頭の中のアイツに呼びかけるためだ。

「おい!」
『……』
「おい! 聞いているんだろ!」
『ふふふ、よく解ったな』

 やはり出てきた。
 俺のことを生き返らせ、ここへ送り込んだ張本人の声だ。

「ふざけるな、人の体をおもちゃにしやがって!」
『いや、最初の戦いだったし、チュートリアルとしてのサービスだ』

 戦闘を円滑にすすめるための練習だったとでも言うのか。
 いやそれよりも、

「そもそも、俺の身体は一体、どうなっているんだ!」

 肝心な事が聞きたくて、俺は思わず怒鳴っていた。

『……命の恩人を怒鳴るのか?』
「そもそも、お前が殺したんだろう!」

 拗ねたような声に対して、俺はもう一度怒鳴り付ける。
 自分の名前も過去も全く覚えていないが、俺の頭を手が滑って抜いてしまったとか言っていたのは覚えている。

『殺した? 俺はお前と遊ぼうと思っただけだ。人聞きの悪い。プンプン』
「プンプンって自分で言うな!」
『ところで! さっきの格好良くない? パンチとキック、それにビーム』

 くそ、誤魔化しやがった。
 まぁいい、今はそこが本題じゃない。

「だから、俺の身体、どうなってるんだ!』
『ふふふ……じゃーん! 改造しました!』
「改造?」
『銀のメタリックボディ! ロケットパンチに目から光線、必殺技は空中からのキック! 王道でしょ』
「なんか色々まざっているような気がするが……メタリックボディって、俺には自分の身体がそんなになっているように見えないんだが……」

 俺は自分の身体を改めて観察するが、やはり、特に変わった所は見えない。

『ああ、多分それは現実を受け入れられずに自分の脳内で情報がすり替わっているんだよ。

「摩り替わっている? じゃあ、やっぱり俺の身体は鏡に映った通りなのか?」

 だが、どうみても俺の身体は生身のままだ。
 腕で腕を叩いても金属音などしない。ペタペタと肌と肌がぶつかる音が聞こえてくるだけだ。

『腕を失っても、まるで腕があるように感じる幻肢という状態があるんだが、今のお前はその全身版みたいなものなんだろう』

 どうも納得は出来ない。
 だが、ロケットパンチにメガビーム、必殺キックと3つも必殺技が繰り出されたら、ある程度は信じるしか無いのか……いや、これは一旦保留でいこう。どうにも、こいつは信じられない。

「だが、俺はこのままじゃ人間社会には出られない……ずっと森の中で暮らせというのか」
『……うーん、それはつまらないな』
「そうだろう」

 なんとか、元の身体に戻させたい。

『よし、さらに改造を加えよう! お前、変身できるようにしてやるよ』
「はぁ」
『よし、改造終了。腰を見てみな』

 その言葉に腰の部分を見ると、先程までなかった膨らみが見える。慌てて、俺はシャツの裾を上げ、自分のの肌を直接確認した。

「ベルト?」
『そうだ! 変身といえばベルトだろう』
「これで何に変身するんだ?」
『人間?』

 なぜ、そこで疑問形なんだ。
 それに、人間の俺が人間に変身するのか?

『そう、変身と唱えれば、そのベルトから特殊な電波が出て、周囲の人間の認識を変更するようにしてやるよ』
「実際に変身する訳じゃないのか?」
『ああん? せっかく格好良い身体にしてやったのに、そんな勿体無いことが出来るかよ』

 今ひとつ、価値基準が解らん。

「とりあえず変身をすれば、人間に見えるんだな。よし、変身」

 その途端、身体が突然重くなった。

『あ、言い忘れた。認識齟齬の電波を出すのに、かなりお前のエネルギーを消耗するから、注意して使えよ。変身の最中に襲われても戦えないからな』
「くそ……身体が重い……」
『変身解除で戻れるから、大丈夫だ』
「変身……解除」

 お、身体が軽くなった。

「不便だ」
『まぁ、うまく使い分けてくれ。身体が重いのも、そのうち慣れるよ』
「ああ、解った」

 そして、大事な事をもう一つ質問する。

「俺の身体は一生このままなのか?」
『一生? 実際には最初の一生は終わってるんだけどね。プププ』
「ふざけるな! お前が俺を殺したんだろう! その上、勝手にこんな身体にしやがって……」
『大丈夫、大丈夫。気持ちは大らかに! それじゃ、手助けはここまでー! あと、頑張ってね』

 その言葉で急速に頭の中から声が離れていく。

「ちょっと待て! お前は誰なんだ! 神なのか!」
『神じゃないよー』

 最後に神じゃないという言葉だけを残して、声は去っていってしまった。

***

「パンダーン、クマッチャ。今後は2種族とも仲良くくらすのだ」
「「はい」」

 パンダーンの族長が消えたせいか、両種族はとても仲良くなった。そもそも、元々、パンダーンは笹が大好きな気の優しい獣人族だったらしい。それが族長が代替わりしてから、おかしくなったのだ。クマッチャの大好物であるハチミツを横取りするようになり、笹ではなく、肉を食えと強要するようになった族長に、誰も逆らうことが出来ず、今日も嫌々付いてきたらしい。

「新しい族長、ギン様、決める」
「じゃぁ、お前やれ」
「はい」

 俺に決めて欲しいと言ってきた奴を、面倒だったのでパンダーンの新族長にした。

「じゃあ、俺は行くぞ。元気でな」

 中身がロボットなんだと解って、それだったらどうせ死ぬことも無かろう。まぁ、一度死ぬのも二度死ぬのも、そう変わらないだろうし……衝撃の事実を知って、落ち込んでいる俺はクマッチャが差し出す、数日分の飲水とハチミツだけを受け取り、村を後にする事にした。パンダーンも食料にと笹を差し出して来たんだが、丁重にお断りした。

***

「待ちやがれ」
「?」

 クマッチャの村から30分ほど森の中を歩いていると、突然、目の前にボロボロのパンダーンが現れた。

「あ? ああ、元族長」
「元って何だ! 俺は族長だ!」

 あれ、この族長、喋り方が他のパンダーンやクマッチャと比較しても流暢な気がするが、笹を食べてノンビリとした生活を棄てたりと、知能だけが高い突然変異か何かか?

 そう思っていたら、元族長は正体を明かしてきた。

「よくも俺の野望を潰してくれたな」
「野望? どういう事だ?」
「パンダーンとクマッチャといったクマ系獣人の支配者になる、俺の夢だぁぁぁぁ!」

 突然、パンダの皮が剥がれ、中から腰に剣を差した屈強な人間の男が出てきたのだ。ただ、あちこちに血が滲んでいて、青痣も沢山出来ている。誰かに殴られでもしたのだろうか。ああ、俺か。

 いや、それよりも、この世界にきて最初の……

「人間!」

 でも、ちょっと待て。なぜ人間が獣人に化けていたんだ?
 俺の頭の中にはハテナマークが飛び交っていたが、旧族長はそんな俺の様子にお構いなく、

「そうだ! 俺は人間だ!」

「子供の頃からの夢! パンダやクマちゃんにモフモフされながら生きる俺の夢を! お前のような突然現れた出てきた化物に!」
「化物? なんだと! 俺は人間だ! 見てろ! 変身! うっ、身体が重い」
「何を……お前も人間だったのか? 余計に許せねー」

 そう言って、元族長が持っていた剣を振りかぶり、襲ってきた。

 やばい、この身体では殺られてしまうかもしれない。俺は慌てて、

「変身解除!」

 そう叫び、一気に10メートルくらい後ろに飛び下がる。
  さっきまで意識していなかったが、この身体、スペックが半端ないな……

「これは戦闘モード用の衣装だからな。人間の方が仮の姿とか、そういう事じゃないからな」
「何をゴチャゴチャと!」

 元族長は、もの凄い形相で再び剣を振りかぶり、俺に向かってきた。

「俺の夢を潰した貴様だけは許さん! 死ねぇ!」
「ロケットパーンチ」

 俺は恥ずかしながら、そう呟くと、俺の腕から腕の形をした何かが飛びだした。
 ロケットパンチ……言っていて恥ずかしいが……俺のロケットパンチが狙い過たず元族長の胸に直撃。

「ぐわぁぁぁぁ」

 元族長は、叫び越え声を上げ、森の奥へ吹き飛んでいった。


 いいな……ロケットパンチ。

しおり