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物言わぬ白き戦友達

 午前3時30分。俺達は川岸に立っていた。
 川幅は5メートルほどある。
『待機』と言われて待機するのだが、ここでいきなり『渡河せよ』と言われたら、見渡した感じでは近くに橋がないので、この水の中に入るしかない。
 手を入れると、ヒヤッとするほど冷たい。そばで背丈くらいの長い枝を拾ったので川に刺すが、何の抵抗もなく枝が丸ごと水に浸かる。
(これは深いぞ。水は冷たいし、渡河は不可能だ)
 月が川面に映し出されてユラユラしているが、その揺らぎから察するに川の流れは速そうだ。泳ぐと確実に流される。

 リクのシステムが、ここを泳いで渡れという愚かな指示を出さないことを願っていると、ミカミがタブレットを持ってこちらに近づいてきた。
「ねえ、これどう思う?」
 差し出されたタブレットを(のぞ)くと、バーには『川に沿って左に移動し、▲地点で合流』と書いてある。
「ああ、▲マークの場所へ行けってことですね。地図のここですよ」
「それは分かるんだけど、これ」
 彼女が指さす先に水色の■マークが3つあって、▲マークに向かって徐々に移動しているようである。
「援軍じゃないですか?」
「そうなの?」
「いや、知りませんけど、敵の攻めてくる方角と逆から来ていますから味方ですよ」
 自分でも適当なことを言っている気がしてきた。
 敵の狙いが挟み撃ちなら、もちろん敵である。どうやら、彼女の呑気ぶりが移ったようだ。
(でも凸マークじゃないし、あの■は赤じゃなかったよな)
 早速トラックに乗り込み、タブレットが指示した場所へと向かう。

 合流地点は橋の(たもと)だった。
 川がとうとうと流れる音が、橋の下から聞こえてくる。
 その音に混じって、遠くから3台のトラックがこちらへ向かってくる音がする。
(あれが援軍だな)
 トラックが停止し、エンジンが切られた。
 運転手が降りてきて、急いで幌を開いてあおりを降ろすと、荷台から地面に向かって斜めにニューと板が伸びてきた。
 その板がガタンと地面に着地すると、荷台から誰かがユックリと降りてきた。
 俺達と違って、白い服を着ているように見える。
 相当用心しているようで、ノロノロと板の上を歩いている。
 彼は重いのか、板が(たわ)む。
 すると、次に続く者がユックリ降りてくる。そして、また次と、まるで行進しているかのように一人ずつ降りてくる。
 トラック1台から十人ずつ降りてきて、合計三十人が整列した。
 今まで月に雲が薄くかかっていて見えにくかったのだが、雲が晴れて彼らの姿がよく見えるようになった。
(あれは、ロボットだ!)
 スペースファンタジーの映画にでも出てきそうなロボットが30台、自動小銃の筒先を斜め下にさげて整列している。
 横一列に並ぶ姿は壮観で、実に頼り甲斐のある援軍だ。

 彼らの外観は白が基本だが、手首と(くるぶし)から下は黒である。
 白ではなく迷彩柄の方が目立たなくて良いと思うが、これは誰の趣味だろう。それとも、白い方が(かえ)って目立って、敵を威圧するのに都合が良いのだろうか。
 実のところ、月明かりだけでも十分目立つ。
 顔は、フルフェイスヘルメットを被っているので、表情が見えない。
 口の部分は、防毒マスクを着けた時みたいな筒がある。これはちょっと不気味だ。

 彼らを乗せてきたトラックの1台から、誰かが降りてきてこちらに向かってくる。
 恰幅の良い年配の女兵士だ。
「アンドロイド連隊第二小隊隊長のアンドウだ。普通小隊ひとひと班の班長はどちらに?」
 ミカミがタブレットを持ったまま手を上げる。
「はーい。班長のミカミでーす」
「アンドウです。よろしく。……さて、ここからはうちの部隊が敵を押し戻しますから、後ろから援護してください。援護の指示はそちらのタブレットにも出ているはずです」
「かしこまりでーす」
「ミカミ班長。そのぉ、もっと緊張感を持って援護してくれませんか?」

 アンドウはそう言うと、タブレットのボタンを長押しする。
 それに呼応して、アンドロイド達が二列縦隊で行進を始め、橋を渡っていく。
 どうやって実行しているのか分からないので、俺はアンドウに近づいて尋ねた。
「彼らはそのタブレットの指示で動いているのですか?」
「君は?」
鬼棘(おにとげ)マモルです」
 彼女は俺を上から下まで眺めてから言う。
「この戦場で男は珍しい」
「みんなそう言います」
「ハハハ。鬼棘(おにとげ)くん、よろしく」
「こちらこそ」

 とその時、別の方角から懐かしい声が聞こえてきた。
「もしかして、マモルくん!?」
「はい! カワカミさんですよね?」
 月明かりしかないので顔がはっきり分からなかったが、あのカワカミに間違いない。
「ここで会えるとは偶然だねぇ」
「どうしてここへ?」
「今回はアンドロイドの搬送の手伝い。運転手さ」
「俺は後方支援部隊からここに回されました」
 アンドウが俺達の会話に入ってくる。
「何だ、君たち知り合いか」
「はい」
「世間は、もとい、戦場は狭いな」
「そうみたいです」

「そうそう、話の続きだが……」
「すみません、話を中断させて」
 アンドウが咳払いをする。
「ええと、……タブレットで彼らが動くと言っても、こちらが最初に『攻撃開始』のボタンを押すだけ。後は勝手に、彼らが周囲や敵の状況を判断して行動していく。彼らの状況は敵の状況も含めて情報として司令部に自動で送られて、司令部が一括して管理している。こちらからいちいち司令部へ言葉で報告する必要はない。集中管理された情報で彼らは動く。後はタブレットで彼らの動きを見ているだけ」
「それで大丈夫なんですか?」
「司令部はお墨付きだが。ま、現場から言わせてもらうと、今回実戦は初めてだから、少々不安は付きまとう」
「さっきの援軍は、アンドウ隊長の作戦ですか?」
「いや。作戦は全部自動で立案されている。援軍はどの部隊が担当するとか、どこへ配置するとか考えなくていい。こちらはタブレットの指示通りに動くだけ」
「もし、『攻撃開始』という指示を無視したら?」
「その時は、一定時間が過ぎると操作者が死亡していると判断して、勝手に動く。便利だろ?」
「タブレットが敵の手に渡ったら?」
「定期的に指紋認証プラス静脈認証を行わないと、つまり常時持っていないとロックされるから大丈夫」
「手を怪我したら?」
「君も心配性だな。死亡と同じ扱い。ま、操作できる者が複数いるから大丈夫だが」
「へええ、凄いですね」

 俺達は何故、アンドロイド達の援護をするのだろうか。
 何故それをシステムが決定したのだろうか。
 敵がレーダーに探知されないように土の中で息を潜め、アンドロイド達をやり過ごした後にゾンビのように現れることを想定しているのか。
 司令部が、というかリクが絶対的な自信を持ってプログラムしたシステムに、万一抜かりがあることを想定した最後の防波堤代わりなのか。
 人間に援護を指示したのはシステム、ということは、人が人に指示をするのではなく、システムが人に指示をするのである。
 見方を変えると、人間がシステムを使うのではなく、システムが人間を使っていることになる。
 俺は、リクが作り上げたシステムに非人間的な一面を見た。

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