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2−3: 現代都市伝説研究所

 イルヴィンはコーヒーを淹れ、ソファーに戻って来た。端末のディレクトリを眺めてみると、確かに二通の「紹介状」があった。エリーからの紹介状を突き、内容を確認してみた。「都市伝説になみなみならぬ関心を持ち」云々と、紹介状の定型と言えそうな文言が書かれていた。紹介状の最後には、あるアドレスが書かれていた。
 どうしたものかともイルヴィンは思った。テリーだけならともかく、エリーも紹介してくるということは、ただの怪しげなサイトではないのだろう。それに半分オフィシャルとも言っていた。ともかく、覗いて見ないことには始まらない。イルヴィンはそう考え、アドレスを突いた。
 端末の表示が変わり、会社などの受付に似た映像が端末に現われた。受付には男女一人ずつの、おそらくはアシスタントが居り、その向こうの壁には「現代都市伝説研究所」と読める、そのあたりにある雑多な物を組み合わせたタイポグラフィーがあった。あるいは、現代美術と言った方がいいだろうか。
「ゲストさん、現代都市伝説研究所へようこそ」
 女性型のアシスタントが、イルヴィンに視線を合わせて言った。
 もちろん、女性型であることに意味はないだろう。女性型であれ、男性型であれ、その中身はどこかの知能サービスが提供しているものだろう。
「本研究所は……」
 アシスタントはそこまで言い、受付のカウンターの上に目を落とした。
「ゲストさんは上級研究員からの二通の紹介状をお持ちで、本研究所の研究員となる資格をお持ちです」
 アシスタントが目を落としたのは、紹介状があることに気付いたという演出だろうか。芸が細かいとイルヴィンは思った。それとともに、どうやって紹介状に気付いたのかとも思った。勝手にこちらの端末にアクセスしてきたのか、それともここにアクセスすれば、それぞれの紹介状から信号が送られるのか。正直なところ、イルヴィンにはその判断は着かなかった。イルヴィンの端末にしても、このサイトにしても、知能サービスを利用している以上、どちらもありえた。
「資料の検索や閲覧は、研究員にならないとできないのかな? あるいは制限があるとか」
 アシスタントは端末の中で右手を開いた。その手の上には見取り図と思えるものが映し出された。
「ゲストとしてご利用される場合、施設の概略としてこのようなものが利用可能です」
 その見取り図を見てみると、受付の他はいくつかの閲覧室があるだけだった。
「資料の検索は行なえますが、こちらからの推奨などのサービスは受けられません」
「研究員になると?」
「詳細はお答えできませんが、推奨サービスや、会議室の利用が可能になります。また、研究員になられた場合、端末以外による利用が可能になります」
「端末以外というと?」
「一つは、失礼します……」
 アシスタントはそう言うと、またカウンターに目を落とした。
「ゲストさんがお持ちのテレビや計算機での利用が可能になります」
 そこでアシスタントはまたカウンターに目を落とした。
「現在はデバイスをお持ちではないようですが、VRによる利用も可能となります」
 また、こちらの状況にアクセスしたのだろう。
 そこでイルヴィンは気になった。知能サービスを利用しているとはいえ、こちらの家の状況まで確認できるものだろうか。
「一つ聞きたいんだが。今、こちらの状況を確認したと思うが、それはどうやって?」
「現代都市伝説研究所は、国際文化人類学研究所の一部門です。国際文化人類学研究所の権限と、二通の紹介状を鍵として、ゲストさんの周囲の状況を確認しました」
 国際文化人類学研究所の権限と言ったかとイルヴィンは思った。政府機関による監視という噂は確かにあった。それもまた都市伝説なのだろうとイルヴィンは思っていたが、どうやらそういうわけでもないらしい。
「誤解なさるといけないので……」
 イルヴィンが考えていた間に気付いたのだろうか、アシスタントが説明を始めた。
「国際文化人類学研究所は、各国政府よりも上層に位置する組織です。現代都市伝説研究所も同じく、各国政府より上層に位置しています。また、紹介状は各々エージェント機能を持っており、紹介状からのアスセスにより、こちらへの情報提供を承認したものと判断しています」
「国際文化人類学研究所や現代都市伝説研究所から、政府などに情報が漏れることは?」
「少なくともこちらからの意図的な漏洩はありません。また、この通信も二通の紹介状が持つエージェント機能によって、経路の偽装と暗号化がなされており、傍受は困難となっています」
 昔、そういうネットワークがあったとはイルヴィンも聞いたことがあった。
 だが、たかが都市伝説のサイトで、そんなことをする理由もわからなかった。このサイトにせよ、上部組織であるという国際文化人類学研究所にせよ、ただ怪しさを増すばかりだとイルヴィンには思えた。
「そうか。ともかく、研究員に登録してもらえるかな」
「では、こちらをお読みの上、端末上にてサインをお願いします」
 そう言われて提示された文書には、個人情報云々、利用規約云々など、よく見るものが書かれていた。最後には "Signature: " と書かれた箇所があった。
「サインっていうのは?」
 イルヴィンの問いかけに、アシスタントは音声のみで答えた。
「所定の箇所に手書きでお願いします」
 今どき手書きかとも思いながら、"Signature: " という表示の横に指先でイルヴィン・フェイガンと署名をした。
「ありがとうございます」
 署名を終えると文章は消え、またアシスタントが端末に戻ってきた。
「フェイガン研究員はTVをお持ちですので、そちらでのご利用をお勧めします。TVにアクセスしてもよろしいでしょうか」
 正直、イルヴィンは戸惑った。それでは、あちらからここの物に好きにアクセスできるのではないか。
 その沈黙をアシスタントがどう理解したのかはわからないが、TVが起動し、そちらにアシスタントが移動した。
「承認、ありがとうございます。以降、端末の管理にお気をつけください。では、当研究所研究員の権限として認められる範囲においてのご利用をお楽しみください」
 イルヴィンは、最後の「お楽しみください」という言葉が気になった。やはり、ただの遊びのサイトなのではないか。
 だが、ともかくは資料を見ようと思い、TVの上で閲覧室に入り、検索閲覧を始めた。

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