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 元々、ヴィオレは人のいるところでの戦闘に慣れていない。それはハイジア全体に共通することで、そもそも人間が活動できるようなところでペストと戦うなど、浅間が完成する以前にしか起こらなかったのだから当然だ。

「浅間にはいろんな人がいるんだね」

 レゾンの案内が途切れたところで、ヴィオレはぽつりと言った。

 浅間が三層構造であるからといって、下層をそのまま三倍した程度の認識しかしてこなかった自分が、心底愚かだと思える。下層は重要機関の集まりだ。そこにいることができるのは、人工知能とハイジア、その他はなにかしらのエリート層であることは間違いないのに。

「集まっていた人間は恐ろしかったか?」

「ちょっとね。でも黒い装備の人たちは大丈夫だった」

「警察だ。所属機関から情報と任務を与えられて動いていると、大抵の人間ならああやって行動できる。が、一般住民はそうもいかない。情報がないからな」

 レゾンはそこで一呼吸置いた。ナビゲートの更新はない。浅間内の道はほとんどが直線で構築されているから、すでにペストの侵入地点へ続く道に入っているのだろう。

「大抵の人間は未知を恐れる。個の力で言えば、警察機関に所属している人間の方が、鍛え方の違いからして強いことは明らかなんだが──集団相手にあの人数では、個人の差など大したものではないのだろうな」

「たとえとして、あんまりよくないかもしれないけど……ハエとネズミみたいだね」

 レゾンの返答はない。意味を飲み込もうとしている、というよりは、呆気にとられているような沈黙だった。

「いや、ほら。的小さいし、飛んでるし、数多いから、私、ハエは苦手だと思ってて……」

「そういう問題では──いや、間違ってはいない、が」

「的確だと思ったんだけどな」

 言いながら、ヴィオレは苦笑した。ハイジアはヒトの域を外れてペストに近づいたものだ、と日頃から意識していたというのに、いざヒトを見たときに思い起こすのが、まさかペストだとは。

 もっと人間のことを知らなければならない、とヴィオレは思う。下層だけで築きあげた人間への印象は、中層に入って数分でがらりと変わってしまった。

 ヴィオレが思うより、ハイジアとヒトの間には差がないのかもしれない。

「そろそろだ」

 レゾンの声に応じて目を凝らすと、数百メートルは離れているであろう前方にペストの影が見えた。左方にある建物の後ろから、鼻先だけが覗いている。

 すでに居住地域へ侵入している。物的損失がゼロになることは、おそらくない。

「目標を確認」

 決められた言葉を、しかしいつもよりは楽な口調で、ヴィオレは告げる。

 心境の変化か、あるいは通信相手の変化か、もしくはその両方が、ヴィオレの声から硬さを抜いていた。

「戦闘行動に移ります!」

 ペストが視界に入ったのなら、もうスタミナを考慮する必要はない。

 可能な限りの速力で、数百メートルの距離を詰める。ペストもこちらに気づいたようで、迷いのあった足取りに明確な意思が現れるようになった。

「外観からの推測を述べておく」

 ヴィオレは、意識の片隅でレゾンの言葉を捉える。

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