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結人と夜月の過去 ~小学校四年生④~




夏休み 公園


4年生では特に何も起きないまま、夏休みがやって来た。 夏休みと言えば、結人の友達である真宮が、横浜へ遊びに来るという毎年恒例のイベントがある。
だがそれは今回を入れてまだ二回目なので、毎年恒例と言ってもいいのか迷うところだが。 
真宮が無事に横浜へ着き、公園で二人きりで遊んでいる今、彼はあることを悔やみ嘆いていた。 
それは2年生の夏休みの時“次にまた会う時は藍梨さんの写真を持ってくる”と約束していたのだが、横浜に着いた瞬間それを思い出し、持ってくるのを忘れてしまったそうだ。
かなり落ち込んでいる真宮を見て、結人は優しい表情を見せながら言葉を投げかける。
「大丈夫だって。 また写真を持ってくる機会はあるんだし」
だが相当悔やんでいるのか、すぐに機嫌を直してはくれなかった。 そしてしばらくすると彼の気持ちもやっと落ち着き、次の話題に切り替えるチャンスができる。
これを機に、結人は今一番伝えたかったことを、早速口にした。

「はぁ!? 理玖くんが転校!?」

理玖が転校したことを告げると、これもかなりのオーバーなリアクションで反応してくる。 そして結人は少し寂しそうな顔をして、一人呟いた。
「うん。 ・・・急だったけど」
「いや、本当に急過ぎるだろ! 色折と会わなかった2年間で、そんなことが・・・」
一度遊ぶのを止め、ブランコに座りながら難しそうな表情をしている彼に一つ尋ねてみる。
「理玖に会いたかった?」
それに少し戸惑うも、ぎこちない返事をしてきた。
「ま、まぁ・・・。 色折の話では凄くいい人みたいな感じだったから、一度は会ってみたかったかな・・・」
「じゃあ、理玖はいないけど他のみんなと会う?」
気を遣いそう言うと、瞬時に首を横に振ってくる。
「いや、遠慮しておくよ。 心の準備が、まだできていないし」
「そっか」
ここで一度話が途切れると結人の顔を覗き込みながら、今度は真宮から尋ねてきた。
「じゃあ色折は今、大丈夫なのか?」
「え?」
「場の空気が読める理玖くんがいなくなった今、色折はみんなと一緒にいて気まずくないのか?」
「あぁ・・・」
その問いに対しては上手く返すことができず、思わず視線をそらしてしまった。 
そんな結人を見てどう捉えたのか、彼は視線を前へ戻しブランコを一人漕ぎ始めながら、まるで独り言のように呟き出す。
「といっても、この2年間そういう連絡が僕になかったということは、今はみんなと仲よくやっていけているのかな」
「・・・そのことなんだけどさ」
「ん?」
今もなお隣でブランコを漕ぎ続ける友達を横目に、結人は覚悟を決めある出来事を報告した。

「実は僕・・・。 2年の9月頃から、ずっと入院していたんだ」

「はぁ!?」

その言葉を耳にした途端、真宮は今まで漕いでいた足を急停止させ、ブランコを元ある場所に固定する。
「いや、え、ちょ、待て、ちょっと待って。 何を言って・・・は!? 
 理玖くんが転校したり色折が入院していたり、あまりにも衝撃的な出来事ばかりで頭が追い付かないんだけど!」
「ごめん。 でも僕も理玖も、なりたくてなったわけじゃないんだし」
「いや、そうだけどさ・・・。 ・・・で? いつまで色折は、入院していたんだよ」
興奮状態が続きながらも自ら溢れ出す気持ちを制御し、彼は冷静になって尋ねてきた。 
その問いに対しても、結人は冷静さを保ったまま淡々とした口調で答えていく。
「えっと、3年になる前の春くらいかな。 その約7ヶ月間、僕はずっと目覚めなくて眠ったままだった・・・らしい」
「馬鹿野郎!」

―ポカッ。

すぐさま返されたその言葉と同時に、頭には鈍痛が走った。 どうやら隣にいる真宮が、拳で軽く結人の頭を殴ったようだ。
咄嗟に痛みが出ているところを両手で押さえながら、彼を見据えて力強く言葉を放つ。
「痛いな! 何をすんだよ!」
「それはこっちの台詞だ! どうしてそんな大変なことになっているのに、僕に連絡してこなかった!」
「僕が目覚めてから、真宮のお母さんには連絡したよ!」
「僕はそんなこと聞いていないぞ!」
「うん。 だって、僕が『真宮には言わないで』って言ったから」
「どうしてそんなことを言ったんだ」
「真宮にはあまり心配をかけたくなかったからだよ」
「じゃあどうして今そのことを僕に打ち明けた!」
「真宮に今まで連絡しなかったのは、入院とかしていてできなかったっていうことを、伝えたくて」
「・・・」
ここで何も言い返すことができなくなってしまった真宮は、口を噤み前のめりになっていた体勢を元に戻した。 
そして高まっている感情を自ら静めると、今度は落ち着いた口調で口を開いてくる。
「ということは、今はまだ彼らとは気まずい関係のままなんだな」
事実を言われ少し目が泳いでしまうが、前、悠斗と一緒に話した時に決意したことを今自分の口から述べた。

「・・・。 でも、大丈夫だよ。 僕はまだみんなと一緒にいられる」

そう言うが、そのことに関しては真宮は何も口を出してこない。
「ん・・・。 じゃあ、退院したその年に僕を断ってみんなでキャンプへ行ったのか。 病み上がりなのによく行けたな」
「その時はもう、大丈夫だったし」
「でもまだ危ないだろ」
すると彼は突然その場に立ち上がり、結人の目の前まで足を進めた。 そして今でもブランコに座っている結人のことを見下ろしながら、乱暴に言葉を放っていく。
「あぁもう! 色折が心配過ぎて、もう放ってはおけねぇ。 色折! 来年は静岡へ来い!」
「え!?」
「いつも横浜へ来る時は僕が色折の家に泊まらせてもらっているし、静岡に来た時は僕の家に泊まっていけばいいからさ。 そしたら文句も出ないだろ?」
「いや、そうかもだけど」
「長いこと入院していて、今でも彼らとは気まずいまま。 そんな色折のことが心配だ。 だから来年だけでも、この横浜から出て気分転換しようぜ」
最後の一言を優しい表情で言ってくれた真宮を見て、少し涙ぐんだ。 彼がいてくれるだけでも本当に居心地がよくなる。
みんなのいる横浜でも彼がいてくれれば、それだけで心強かった。 だけど折角の真宮からの誘いなので、結人も笑顔で承諾する。
「・・・うん。 ありがとう」
嬉しさいっぱいで胸が詰まったまま言葉を発したため、ちゃんとした声が出ず掠れてしまった。 だがそんな結人を見て、更に彼は優しく笑う。
「じゃあ、来年の夏。 約束な!」
「うん!」
真宮と来年の約束ができた瞬間、結人は先の明るい希望が見えて気持ちが少し楽になった。 一年間耐えることができれば、また彼と会うことができる。
そう思うと、この一年も乗り切れるような気がした。
「あれ・・・。 そう言えばさ」
「?」
突然真宮は何かを思い出したのか、先程の話題を再び持ち込んできた。

「どうして色折は、入院したんだ?」

結人はその質問に対してどう答えたらいいのかと迷ったが、流石に本当のことは言うことができず、ぼやけさせることにした。
「一人で帰っている途中で、突然後ろから誰かに殴られたのかもしれない」
「何だよ、それ。 そんなことってあり得るのか?  ・・・それで、犯人は?」
多少呆れつつもそう尋ねられると、言葉を付け足していく。
「分からない。 といっても、殴られたかどうかも分からないんだ。 ・・・あまりその時の記憶がなくて。 
 もしかしたら上から重たいものが落ちてきたからかもしれないし、何か飛ばされたものが偶然僕の頭に当たっただけかもしれないし」
「ふーん・・・。 いずれにしても、頭に怪我を負ったんだな。 ・・・運が、悪かったな」
「はは、でしょ」
今だから言える彼の言葉に、苦笑しながら一言だけを返した。 そして真宮は再びブランコに座ると、またもや違う話題を出してくる。
「あ、そうだ色折! これから僕たち、一人称を“俺”にしようぜ!」
「え、何だよ急に」
「クラスのみんなが、4年になったのを機に“俺”に変えた人が多くてさ。 折角だから色折と一緒に変えようと思って、今日までずっと“僕”でいたんだ。 
 ほら、もう4年生って高学年だし。 その様子じゃ、色折もまだ一人称“僕”なんだろ?」
彼の発言は結人にとってどれも嬉しいものばかりなので、すぐにその意見を採用した。
「分かった。 いいよ」
そう返すと再び真宮はブランコから降り、結人の目の前に立つ。 そしてまたもや満面の笑みで、言葉を発してきた。
「じゃあ決まり! 俺の意見に乗ってくれてありがとうな、色折」


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