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結人と夜月の過去 ~小学校四年生③~




現在


この二人のやりとりは、結人ははっきりと憶えていた。 夜月の口から初めて聞かされた自分に対する評価を聞き、物凄くショックを受けたのは言うまでもない。
「どうして、それを・・・」
過去のことを思い出し少し苦しい気持ちになっていると、悠斗は続けて言葉を発していく。
「その時のことを、理玖が僕と未来に話してくれたんだよ。 話してくれたというか・・・相談してくれたというか。
 でもユイはそのやりとりを聞いたとしても、その後理玖に何かしらの質問をされたとしても、怒らないで何も言い返さなかったみたいだね」
「・・・」





小学校1年生 廊下 結人が理玖と夜月の会話を聞いた後


「結人!」
夜月の言葉を身に染みて感じながら暗い気持ちになっていると、突然後ろから聞き慣れた声が届いてきた。 声の主は、見なくても分かる。
「理玖・・・?」
名を呼びながら、ゆっくりと後ろへ振り返った。 すると――――そこには、複雑そうな面持ちで立っている理玖の姿が目に入る。
その光景を見て、思わず息を呑んだ。 そして――――彼は不安そうな面持ちのまま、必死に言葉を紡ぎ出す。
「結人! その・・・。 さっきのは、何て言うか・・・」
「・・・」

―――・・・聞いていたの、バレていたんだ。

結人は全て事情を把握しているが、理玖は何とか誤魔化そうと迷いながらも言葉を続けた。
「結人のことじゃ・・・ないんだ。 同じ名前でたまたま結人と被っちゃって、その、だから、結人とは違う人で・・・」
その言葉を聞いて――――小さく、心の中で溜め息をつく。
―――理玖は・・・本当に嘘が下手だ。
この状況を何とかしようと頑張っている彼に、結人は優しい表情を見せた。 その顔を見るなり、理玖は不思議そうな顔をする。 
「理玖、ありがとう」
「え・・・?」
そして――――

「・・・僕たちはもう、関わらない方がいいのかもしれないね」

「え、ちょ・・・!」
寂しい気持ちを抑えつつ、心配をかけないよう言葉を綴る。 そして言い終わると、夜月と同様理玖だけをその場に残し、この場から立ち去った。





現在


「これらの言動で、そう思ったみたい。 ユイはあの時、理玖のことを突き放した。 
 その理由は、理玖と夜月の関係を崩さないようにと思ってした、思いやりのある行動・・・でしょ?」
「・・・」
「だからやっぱり、夜月の隣には人のことを考えて人の意見を尊重できるユイの方が、いいんだって」
ここでも何も言い返すことができなくなってしまった結人は、違う質問を彼に向かってした。
「その話は、いつ聞いたの?」
「えっと、2年生くらいかな・・・。 ほら、ユイが目覚めなくて入院していた時。 その期間、夜月は琉樹にぃと一緒にいることが多くて。
 だから僕と未来、理玖の3人で集まることがほとんどだったんだ。 その時だよ」
その言葉を聞いて、確信する。
―――ということは、転校するって決まっていない時から理玖はそう思っていたのか。
最後に、悠斗はつい最近の出来事を結人に伝えた。

「それでね、理玖が転校してしまう直前に僕と未来に言ったんだ。 ほら、一人ずつ理玖と話す時間があったでしょ? その時にさ。
 『僕が夜月の隣にいるんじゃなくて、結人が夜月の隣にいた方が絶対にいいって、前まではずっとそう思っていた。 ・・・でもそれが、もう実現しちゃうんだよ』って。
 物凄く寂しそうな顔をして、そう言ってたよ」

「ッ・・・」

結人は理玖からの言葉を聞いて何故か心が苦しくなり、呼吸が少し乱れ始める。 
胸が締め付けられる心苦しさに必死に耐えていると、向かい側に座っている悠斗が一通り話し終えたことに対し一度深呼吸をし、落ち着いてからもう一度最初の質問をぶつけてきた。
「だから理玖は最初から、ユイのことを認めていたよ。 これが、理玖が今までユイを無理に僕たちの輪に入れていた、本当の理由さ。
 嫌がらせなんかじゃない。 夜月にとって、ユイは必要な存在だったんだよ。 理玖いわく・・・ね」
結人を攻め過ぎないよう、最後の一言でこの話の全体をぼやけさせた。 続けて、言葉を綴っていく。
「だからユイは、このまま僕たちの中にいてくれても構わない。 それが、理玖が望んでいることだから。 
 でももうそう望んでいる理玖はいないから、少しでも楽になるために僕たちから距離を置いてもいい。 ・・・これは、ユイ次第だよ。 僕はユイの意見を、尊重したい」
そう言われ、少しの間考え込んだ。 いや実際――――考え込む時間なんて、なかった。 
悠斗から理玖の気持ちについて聞かされている間に、結人の心には既に答えが出ていたのだから。

「僕は・・・これからもずっと、悠斗たちと一緒にいたい」

思ってもみなかった答えが返され、悠斗は少し目を丸くしながらか弱い返事をする。
「え・・・。 それは、理玖のために?」
それを聞いて、結人は首を縦にコクン、と動かした。
「それもあるから、否定はしない。 でも今更他の友達と一緒に行動をしたとしても、楽しい日常生活はきっと送れない気がするんだ。
 どんなに居心地が悪かったとしても、悠斗たちと一緒にいた方が絶対に気が楽。 だから・・・こんな僕でも、悠斗たちとこれからも、一緒にいていいかな?」
刹那、悠斗は一気に笑顔になった。
「うん! もちろんだよ、ユイ!」

結人は、怖かったのだ。 悠斗たちと離れてしまうと、今までの理玖との思い出を全て失ってしまうような気がして。
結人は、怖かったのだ。 今まで自分が耐えてきた悲しみや苦しみ、辛さまでも、我慢してきた意味がなくなってしまうような気がして。
結人は――――怖かったのだ。 このまま彼らから離れてしまうと、今目の前にいる大切な友達でさえも、失ってしまうような気がして。
そう――――結人はいつの間にか、悠斗たちに依存していたのだ。


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