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静かな死

 アヴァロンへ向かうアーサー王を見届けたランスロットは、まずグィネヴィアを探した。

 もう一度会って、話がしたい。
 1人で歩き続けた彼は、やっとグィネヴィアを見つけた。だが彼女の身なりは修道女そのもの。円卓の騎士崩壊などの全ての元凶は自分であるとして、修道院に入っていたのである。

 アヴァロンから戻されたアーサー王の遺体が埋葬された墓の前で祈りを捧げる彼女に、ランスロットは呼びかける。

「グィネヴィア様!」

「ランスロット……?」

 グィネヴィアは彼を避け、もう昔とは違うと言わんばかりに、その場から離れようとした。ランスロットは逃げる彼女の手を掴む。だが彼女は、その手を振りほどいた。

「なぜここへ?」

「無礼は承知です。ですが、もう一度あなた様に会いたかった。……1人残してしまう妻を思い続けてほしい。陛下は最期、俺にそう仰せになりました」

 ランスロットもアーサー王の墓に跪く。グィネヴィアはそれを見つめた。わたくしのせいで全てが終わってしまったのに、あなたは……。

「だけど、わたくしはもうこの通り。あなたと共にいるわけにはいきません」

「……そのようですね。では、せめて一度だけ、口づけをしてくださいませんか?」

 ランスロットが1歩近づくごとに、彼女は離れていく。

「わたくしたちは終わりました。もう二度と顔を合わせることはないでしょう。ですからあなたは、もっとふさわしい人と共に……」

「俺が愛するご婦人はグィネヴィア様ただお1人。そのあなた様が俗世を捨てるというのなら、俺も倣いましょう。……それでは」

 ランスロットはその場から離れる。

 またしばらく歩き続けると、今度は小さな修道院にたどり着いた。そこにいたのはベディヴィアだった。彼もまた俗世を捨てたのである。ランスロットはこれまでの罪を(あがな)うため、剃髪した。

 のちに、かつてランスロットに「自分が戻らなかったらフランスへ戻れ」と命令されていた部下たちの半数が、彼を捜し求めて同じ修道院にたどり着いた。彼ら元・円卓の騎士たちも、ランスロットに倣い、彼らも共に修行の道へ進む。


 数年が経ったある夜、ランスロットは夢を見た。
 ベッドを取り囲む大勢の修道女たち。そのベッドの上には同じく修道女が眠っている。周りの慌てようから、眠っている彼女は病に冒されているらしい。彼女の顔が見える。それはグィネヴィアだった。

 ランスロットは飛び起きて、すぐにグィネヴィアがいる修道院へ向かった。
 あれは、彼女が危篤であるという知らせに違いない。間に合ってくれ。

 その思いも虚しく、彼が到着した時には既にグィネヴィアは息絶えていた。彼は彼女の亡骸と対面して、悲しみのあまり泣くことすらできず、ただ大きなため息をつく。

 たった1人愛した女性を、ランスロットは修道士としてアーサー王の墓の隣に埋葬した。
 彼はその場を離れず、ひたすら祈り続ける。水すら口にせず、誰の言葉も聞かず、ひたすら墓の前に居座り続けた。


 ランスロットが突然修道院を飛び出して数週間。彼と共に修道士となった元・円卓の騎士たちが彼を捜索すると、2羽の大鴉がとまった墓を見つけた。そのそばに修道士が1人倒れている。

 彼は痩せ細っている年老いた人物かと思われたが、その顔をよく見るとランスロットであることが分かった。彼は身長が50センチメートル(1クビット)も縮むほど衰弱死していたのである。

 〈湖の騎士〉ランスロット卿の最期は、穏やかながらも苦しいものだった。

 元騎士たちは彼の遺体を、かつての居城『喜びの砦』に運び埋葬した。その葬儀の際、また2羽の大鴉がやってきて、ランスロットの墓の上にとまっていたという。

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