バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

完璧な仕事

俺の仕事は完璧だった。
漫画や映画の影響で、殺し屋と言えば、すぐ銃をぶっ放すイメージがあるかもしれないが、本物のプロなら、そんな目立ちやすく証拠を残しやすい道具は使わない。銃を使う殺しは三流だ。銃を使うヤツは殺し屋ではなく、鉄砲玉と呼ばれる部類のものだろう。
まず、ターゲットの日常生活を細かく調査分析する。持病があり、病院から薬を処方されているのなら、その処方薬を調べ、毒薬にすり替える手もある。容量処方を守らず過剰摂取による死亡に偽装できれば、事故扱いで処理される。
通勤通学に車を使っているのなら、一部の部品を老朽化したように細工して、事故を誘発させて交通事故死させる手もある。
とにかく、銃を使って派手に殺すのは、プロではない。本物のプロは、ターゲットの行動を細かく分析して、悩みを多く抱えていて、普段から周囲に愚痴をこぼしているのなら、自殺に見せかけて殺すのが定石だ。
そして、今回は寝タバコの不始末による火災が原因で焼死という偽装を行った。火事で現場が焼けてしまえば、殺人の証拠はほとんど残らない。消防の現場検証でも、住民の火の不始末という結論が出て、当然、殺人として捜査されることはなかった。だが、依頼主の女性が、被害者の葬式に出席した際、棺桶を前にして、つい感情が高ぶってしまい、「ざまぁみろ、あんたを殺すように依頼したの、この私だから! これは復讐で、あんたが死んだのは自業自得だから! 今まで私にしてきたこと、たっぷり後悔して地獄にいきな!!」と騒いだらしい。どうしても、最後に恨み言をぶつけなければ、俺の依頼主は気が済まなかったようだ。
当然、その葬式に参列していた遺族がその依頼主を取り押さえ警察に突き出した。依頼主は自分の言葉を否定せず殺しの依頼を認めたが、いくら警察が調べても、殺しを実行した俺の元に辿り着けず、殺しを依頼したというのは依頼主の妄想ではないか、知人が急に死んで、それで錯乱して、そんなことを口走ったのではないかと、刑務所ではなく病院に収監された。俺の仕事は本当に完璧で再調査しても殺人の証拠は出て来ず、依頼主から俺に辿り着けるような痕跡も残していなかったから、数ヶ月ほど精神病院に強制入院させられただけで依頼主もすぐに退院したのだが、被害者の遺族から、俺が殺したとも知らず葬式で騒いだ依頼主を殺すように依頼された。
俺の依頼主が、殺しを依頼した証拠はなく、殺人の証拠もなかったが、葬式で騒いだ依頼主が怪しいのは明らかだったので、証拠がなくて警察が何もしないのならばと依頼してきたのだ。少し迷ったが、俺の完璧な仕事に水を差すような依頼主である。俺にとっても生きていては困ると判断して引き受けることにした。だが、被害者の怨念か、依頼主は俺に殺される前に自宅で自分の髪をのどに詰まらせて死んでいた。警察は精神的おかしくなって自分の髪を飲み込んでの自殺と断定した。俺は、一瞬、同業者が怪奇現象に見立てて殺したのではないかと疑ったが、そんな証拠もなかった。とにかく、俺の依頼主は死んだ。
本当に怨霊の復讐だったのか自殺の証拠となる遺書もなかった。

しおり