14話
葦原が、建早に向かって眉を顰める。
「今はまだ……お前に話す時じゃない……」
建早が、独り言のように言って、足早に歩き出す。慌てて、葦原が後を追った。
「待ってください! わけが……」
「今は目の前の事案に集中しろ!!」
一喝されて、葦原の肩がびくりと震える。建早は、そのまま階層を下るドアに手を掛けた。
ドアは、複雑に組み込まれた歯車と細いパイプ、蒸気機械で作られていた。ノブを回すと、プシューと言う排気音と共に、歯車が音を立てて組み変わる。ドアはやがて4つに分かれて開いた。
枠だけになったドアを、建早がくぐる。葦原は少しためらったが、建早が階段を下っていくのを見て、自分もドアをくぐり階段に足を掛けた。
高い靴音が響く。ドアの中は、無数に噛み合った巨大な歯車たちと蒸気機械が唸り声を上げる空間だった。
カチカチと音を立てながら、調速機の振り子が肩のすぐ側を通り過ぎていく。首振り式エンジンのクランクの生み出す微風が、帽子の下の頭髪を撫ぜた。
階段を下り切り、建早と葦原は新しいドアの前へ立った。
「行くぞ」
「……はい」
建早がドアノブに手を掛ける。ノブが引っ込んで、ドアが組子のように分かれて開いて行った。
一歩、足を踏み出す。世界は一変していた。
目の前に、どこか昭和を思わせるグラウンドと、奥に赤茶けた屋根の校舎群が見えた。
グラウンドや校舎には、灰色の制服の生徒たちがいて、周囲は騒めきに満ちていた。生徒たちは一様に影のようにおぼろだ。
空には、巨大な飛行船がいくつも浮かんでいる。葦原は、空を見上げて呟いた。
「ここは……」
「資料によると、百足は定年まで勤めあげた教師だった。ここはその記憶層のようだ」
建早が、校舎に向かって歩きながら言う。葦原は、耳を澄ませた。
「色んな声が聞こえます」
「ああ……だがこれは……百足の声ではない、な」
「え?これ、全部他人の声ってことですか?」
驚いて、葦原が周囲を見渡す。建早が下駄箱のある玄関から中へ入りながら言った。
「自分の声を後回しにし続けた結果、他人の声ばかりでいっぱいになったってことか……」
建早と葦原は、学校の中へ入った。正面に教室があって、ドア越しに、一人の男がいるのが見えた。
「あれは……!」
「教師時代の百足だ。来い、葦原」
建早が、教室のドアを開ける。中には黒い影のような生徒達と、一人の男が立っていた。


