バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

再生

 モーガンがアーサー王に飲ませた、イチイの実とサンザシの実を混ぜて魔力を込めた薬の効果は、身体の傷を癒すことではなく、彼の魂と別の生き物の魂を入れ替えることだ。

 アヴァロンにいる大鴉たちのうち1羽の魂をアーサー王の肉体に移し、空っぽになったその個体にアーサー王の魂を入れる。
 これによりその大鴉の魂はアーサー王の肉体とともに死を迎え、アヴァロンに棲む大鴉の肉体を手に入れたアーサー王の魂はひとまず一命を取り留めたのだ。

 アーサー王の肉体が死んで数日が経った。
 肉体は〈湖の乙女〉たちによってブリテン島へ送り返された後に埋葬。一方、アヴァロンにて未だ黄金の寝台で眠っていた大鴉アーサーが目を覚ます。

「お目覚めか、アーサー王よ」

 アーサーはバタバタと腕――いや、翼を動かした。

『……っ! 私は……』

 自分の手足を見て、彼は鳥になったのだと察した。アーサー王はもはやカラスの鳴き声しか発することはできないが、モーガンたちアヴァロンの住民には、動物の鳴き声の意味が入るようになっている。つまり無意識的に翻訳しているのだ。

「これが、そなたの『この国を見守る目と、民を守る身体が欲しい』という願いへ対する私の答えだ」

『この姿で、民を守れるのか?』

 疑念を呈するアーサーに対し、眉をひそめてモーガンは答える。

「私はその姿で何度も戦場を飛び回った。不満だと言うなら、ここで本当に死んでもらうぞ。そのために、まだ永遠の命を与える術もかけていない」

 モーガンは彼に選択肢を与えた。大鴉の姿で『永遠の王』となるか、完全に死を迎えて『過去の王』となるか。

「全て伝説になってしまえばいい。アーサー王も円卓の騎士も、国を守る大鴉も」

『…………承知した。この姿を受け入れ、あなたの眷属(けんぞく)となろう。アヴァロンの女王よ』

 アーサーは翼を広げ、モーガンにお辞儀をする。

 それに応えるように、モーガンは近くにある林檎の木の目の前に立った。そして彼女は魔法でイチイの枝を取り出した。枝は全体的に銀色で、そこから枝分かれした先に小さくて赤い実がいくつか()っている。これは彼女の魔法の杖のようなものである。
 彼女はさらに、その枝を林檎の木に当て、詠唱を唱えた。

  我モーガンの名において
  新たな住民に祝福を授けん
  与えられし身を以て飛び立ち
  己の願いを叶えるがよい

 すると、イチイの赤い実がどんどん膨らんでいき、色も落ちていく。やがてその実は木に生っている林檎と同じ大きさになり、色は黄金色になった。
 モーガンは黄金色の実を1つ採って、アーサーの目の前に置く。

「さあ。この()()を食せば、ここに住む民として認められる。…………丸いままでは食べづらいか?」

 彼女の言葉に何も答えず、アーサーはくちばしを思いっきり林檎に突き立てた。さらに林檎の上に乗りながらくちばしを引き抜いて、穴の周りから(ついば)み始める。

 一口でも食べればアヴァロンの住民として認められる――すなわち永遠の命を得られるのだが、アーサーは全部食べるつもりでいる。
 そう推し量ったモーガンは、彼を見守ることにした。

「……アーサー、私はお前を見くびっていたんだ。優しすぎる王に誰が従い続けるのかと」

 モーガンの告白に、アーサーは耳を傾ける。

「実を言うとランスロットと妃の仲を黙って見ていたことに対して、内心理解できなかった。だから――」

『分かっている。確かに私は優しいのだろう、皆もよくそう言ってくれた。だが私が思うに、それは優しいのではなく臆病なのだよ。皆に知られた時に2人を守れる自信がなかったのだ』

 秘密裏の出生を経てマーリンに引き渡され、そこから育ての父である騎士エクターに預けられてひっそり暮らしてきた。

 エクターの実子にして後に円卓の騎士となるケイは義理の兄だが、少し歳が離れていたので遊び相手にはならず、町から離れた場所で暮らしたため同年代の友達もいなかった。
 そんな生活に慣れていたはずだったのに、王になった時からあらゆる人間が自分のもとへ集まるようになる。

 人と触れ合わずに過ごしてきた少年は、城の大広間でも、戦場でも、仲間と同じ時を過ごすことで感じる心強さを知ったことで、かつての孤独を恐れるようになった。

 一度手に入れたあらゆる宝を手放す勇気がある者はほとんどいない。
 それだけのこと。

『私は幸せ者だ。騎士たちが、私を慕ってくれて……』

「…………、そのようだな。今度は私が、お前の(かたえ)となろう」

『! ……感謝する』

 英国中を飛び回る大鴉と、それを従える妖精の女王。誰にも知られない伝説はここに始まる。

しおり