◇第四章:勇者は○○喫茶でバイトする
よく晴れた空の下、広場まで歩きながらカインはまたも稼いだお金を数えていた。
せっかく貯めた三万三千。なのに、昨日の飯代と宿代で少し目減りしていた。
「ひー、ふー、みー……よし。早朝のバイトでなんとか元の金額を取り戻したな。あと一万コインか」
あと一万。あと一万あれば登山道具一式を買って魔王の城へ行ける。なんとかして一気に稼ぐ方法はないものか。
「昨日は失敗したよなー」
あのあと逃げ帰ったカインだが、結局恐れていたお叱りは『おろかもの』の一言だけで、後は何もなかった。
いったい、あんなに焦ったのはなんだったのか。
「なーんか釈然としないけど、とりあえず何か一気に一万稼ぐ方法は──って、なんだこれ? バイトの募集?」
目に止まったのは道端に落ちた一枚のチラシ。手に取り読むと──
「と、当日限り時給二千コイン!? 更に当日行われる人気投票で一位に輝いたものには五万コインプレゼント!?」
信じられないと眉間に皺を寄せる。
「い、いったいどんな仕事なんだ……大丈夫なのか?」
だがそこは〝自称〟勇者カイン。
「でもま、背に腹は変えられないし!」
あっさり目の色を変えて飛び付いた。
「えーと何々……男性の募集はこっちか。青空の下で開催される……開催っていつだ? 本日? え、この広場? 嘘だろ無理なんじゃ……飛び込みOKって書いてる。よし、セーフ!」
受付のような場所を見付け、とりあえず読みながらそこへと向かう。
「そんで、募集してんのが……〝女装喫茶とコスプレ喫茶〟の店員」
思わず「え?」とカインの足が止まった。
◇◇◇
「いらっしゃいませー! あっちの席空いてんのでどうぞー!」
青空に快活な少年の声が響く。
その声の姿を見て、席に座った女性客が可愛いと声をかけた。
「君、歳いくつ?」
「彼女いる?」
ついでに言うならなんかおっさんにも気に入られる程には予想外の好感触にカインは色んな意味で引いた。
(つーかなんだよコスプレ喫茶って!)
実はあの後、特に面倒もなくあっさりと働ける事になり受付の四隅に設置されたイベント用テントへ移動したのだ。
テントは男性用と女性用で別れており、それとは別に休憩用のテントもあった。ちなみにその隣に調理場の建物へ繋がる従業員用の出入り口がある。
カイン達はここから入って行き、料理を盆にのせて客用の出入り口から表の客達へ運ぶ。
テントへ入ったカインは仮設テーブルに上がっているよく分からん衣装の数々に頭を悩ませ最終的には一着を選んだのだが……。
(正直これが一番意味不明だったんだよな)
「いったいこの服はなんなんだ!?」と思いながらも仕方がなく着たカインは、周りの反応を見て学生服なのだと気付く。
(……なんかよくわかんねーけど、とりあえず俺は学生になりきって接客すりゃあいいんだな。いや待て。学生になりきって接客ってなんだ? どんなだよそれ??)
「くっそー! こんな事ならコスプレ喫茶じゃなく女装喫茶にしとくんだったー! そしたらメイドやったよ! メイドの方がコンセプト定まってんじゃん! キャラ作り楽じゃん!」
頭を抱えながら休憩室で一人ごちる。
「はぁ、やっぱこれも失敗かな……」
カインにしては珍しく、多少落ち込んでいた。理由は明確、昨日の事が少なからず尾を引いている。
そこへ休憩室の垂れ幕を上げて誰かが……バイト仲間かと思いきや。
「あらカインくん、今日はここでバイトなの?」
「ま、マリアさん!?」
バイト仲間はバイト仲間でも、居酒屋のバイト先で、それはそれは美人で有名な女性だった。
穏やかな物腰で、誰にでも分け隔てなく優しいその姿は見るものを魅了し、聖母だの女神だのとまで言われている。
そのバイト先は昼は軽食屋、夜は居酒屋で、彼女はそのどちらもシフトに入っているため今は昼時で忙しいはずなのだが……。
「なんでここに?」
亜麻色の長い髪を三編みに束ねた女性はエプロン姿で穏やかに頬笑む。
「ふふ、実はね。うちの店も今回開かれた青空喫茶のスポンサーなのよ。カインくんはコスプレの方を選んだのね」
そう言って持っていたバスケットをテーブルの上へと置く。
「はい、差し入れです」
「うわ~!」
中には美味しそうなサンドイッチが。
「飲み物もあるから飲んでね」
マリアが水筒から紙コップへとお茶を注いで渡してくれた。
「あ、このお茶美味しい!」
「良かった。フレ・アシディティーって珍しいお茶なのよ」
「ふれあしでてぃー?」
「フレ・アシディティーよ。メノウとアシッドって言う、魔族の土地でしか育たない木の実とその葉から作られてるんですって。人間でも飲めるって、今ちょっと人気なの」
「へーしらなへへった(知らなかった)」
サンドイッチをくわえて、また別のサンドイッチを片手に掴み、もう片方の手にはお茶を持つ。
そんなカインを見て、マリアはおかしそうに笑う。
「へーに?(なーに?)」
「ううん。食べるの大変じゃないかと思って」
「はしはに(確かに)」
すると持っていたお茶をテーブルに置き、その空いた手でくわえていたパンを持つ。
「これで良し」
「ふふふ、元気になったみたいで良かった」
「へ?」
「さっきまでちょっと落ち込んでたでしょ。何かあった?」
そう言われ、カインはしゅんとする。
「実は……」
――カインが話している間、マリアは一言も喋る事はなく、ただ穏やかに時折相槌をうちながら最後まで聞いてくれていた。
一通り話し終えると、マリアは「そうだったのね」と静かに頷く。
「失敗したなーて、いくら金に困ってるからって良くなかったよなーて思って」
「……そうね。良いか悪いかと言われると、確かに良くはないし、私もその行動を誉める事は出来ないわ。ただね。それでなんとかなった人も少なからずいて、そういった仕事をしていたからと言って必ずしもおかしな人間ばかりかと言えばそうでもなくて……つまりは最後、どこに行き着くかなのよ」
マリアは悲しそうな顔で手元を見詰める。
「でもね。覚えていて欲しいの、身体で稼ぐ事を覚えてしまうとね。他の仕事でコツコツと稼ぐのが馬鹿らしくなってしまうのよ。ちょっと身を売るだけで纏まったお金が手に入る。その事を覚えてしまうと、抜け出せなくなる人も沢山いるわ。だから……」
彼女はカインの手をとって両手でぎゅっと握った。
「……だから」
マリアは一拍、言葉を飲み込んでカインを見つめる。
「カインくんが、そんな世界に入らなくてほっとしてるの。あなたには、あなたのまま頑張って欲しいわ」
優しげな面差しで、マリアは頬笑む。
その姿に、昨日のあれは失敗とかの話ではなかったのだとカインは思った。
「マリアさん、なんか有り難う。俺、コツコツ頑張って魔王のとこ絶対行くよ」
「えぇ、自分を大事に、頑張ってね」
テントの外では陽射しが強く、照り返す白布の眩しさに目を細める。
周囲からは焼きそばの匂い、楽しそうな客の声、時折流れる音楽。
にぎやかな夏の空気のなかで、カインはぼんやりと胸の奥を手で押さえた。
すっかり調子を取り戻したカインは立ち上がる。
「やるとなったら俺は全力だ! 一切の妥協はしない! 完璧な男子学生?を演じてやるからな! そして!」
カインは休憩室で人差し指を天高く掲げ一人豪語する。
「必ずこの俺が人気ナンバーワンに輝いてみせえーる!!」
マリアはパチパチと手を叩き、頑張ってね~と言ってくれた。
(とは言ったものの完璧な男子学生の接客ってなんだ?……ええい成せばなる! 成さねばならぬ勝つまではあー!)
まぁそこからのカインは、皆様も知っての通り。
「お姉さん達いらっしゃい! えっと色々あるけど何にする? じゃなかった! 何にしますか!?」
(く、くそ調子が出ない。こ、これじゃあ接客としてどうなんだ?もっとちゃんとやるべきか?)
「キャー可愛い~!!」
「やだーこの子緊張してる~」
「す、すみません!」
(な、なんだこのテンション? ま、いいか)
「いらっしゃいませ! 俺カインっていいます。良かったら投票お願いしまっす!」
「あ、ご注文はどうしますか?」
「え、部活何やってるかって? えっとその俺バイトばっかで部活は」
「わっすんません飲み物が! 今直ぐ何か拭くものをとってきます!」
「はい! アイスティーとかき氷とソフトクリームとそれと」
「えっと、すみませんもう一回お願いします」
「有り難うございましたー!」
「え、ちょ、君どうしたの? 迷子? お母さんかお父さんは? え、お姉ちゃんと来た??」
「え、お姉ちゃんさんどうしたんですか? はい? 財布スられて足怪我した!? えっと、とりあえずこれで傷口綺麗にして下さい。あと絆創膏。スった奴男っすか? どっち行きました? 君はお姉ちゃんについててあげて、すみません俺ちょっと抜けます! この人の事お願いします!」
「どうりゃああ待ちゃーがれこの盗人があああああ!!」
――そうして。
スリの犯人を捕らえたカインは一躍有名に。
満場一致でコスプレ喫茶人気ナンバーワンに輝いたのだった。
ちなみに投票した人達のコメントによると。
『真面目で可愛いのにドジッ子な一面があって良かった』
『笑顔や仕事ぶりが誰よりも輝いていた』
『この場にいた誰より、彼は勇ましく勇気のある学生だ』
『よ、今日の英雄』
『彼氏に欲しい』
『お兄ちゃん! お姉ちゃん助けてくれて有り難う!』
などなど様々であったとかなかったとか。
――その晩。
やはり魔王のところにお決まりの紙ヒコーキが届いた。
そこには
『コスプレ喫茶で人気ナンバーワンの学生英雄になったから雪山越えるぜ!』
とだけ書かれていた。
「………………本当に何やってるんだ。勇者の前に学生英雄になってるじゃないか。……いや待て、学生英雄ってなんだ?」
魔王は頭を抱える。
「いかん、昨日の事といいめちゃくちゃ心配になってきたぞ」
そんな感じで、今日も夜がふけていくのであった。