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126 前哨戦の参


 遠くの方で輸送ヘリコプターのプロペラ音が聞こえてきたが、わしは再度金属バットを手に取る。

「げほッ! くっそ! げほッ! かはッ!」

 少し離れたところでは趙雲が腹部を抑え、苦しんでおる。
 だけどこのタイミングを狙って追撃を行おうにも、それはさすがに危険すぎる。
 ゆえにわしは再度金属バットによる送りバント体勢へ。今のわしはあくまで時間稼ぎの一兵卒じゃ。

「かはッ! くっそ。この雑魚め……」

 ふっふっふ。苦しんでる苦しんでる!
 いや、それでも戦闘不能に陥れるとこまではいかなかったけどな。
 もうさ、今のわしって片方の腕しかまともに使えないんじゃ。
 ならば拳銃はさっさと諦めて、さらなる防戦に尽力するしかあるまい。

「てめぇ……ぶっ殺してやる!」

 腹部に数発の銃弾を食らった趙雲の呼吸が元に戻り、発声も可能になったところで、激怒した趙雲が叫ぶ。
 わしはというとさっきのちっちゃな演技とその成果に満足し、少しにやけてしまった。

 いや、わしがにやけ顔を浮かべてしまった理由はそれだけではない。

「もう来たか……予想以上に早かったな」

 わしの武威センサーに反応する他の戦場のうちの1つ。
 頼光殿が率いる出雲勢力が張飛とこれまた激しい戦闘を繰り広げておった地点に、空高くから舞い降りる新たな武威反応たち。
 これはおそらく平家勢力の兵だと思われるが、それらの戦場加入とともに頼光殿たちがそこから離脱し、こちらに向かってきておった。
 んで、移動速度が出雲勢力の中でもおそらく最速であろう頼光殿がここに一番早く到着し、いつものように“ひゅん”って感じでわしの背後に現れたのじゃ。

「くっ、また新手か! 次から次へと……!」

 趙雲が悔しそうな顔をしておるけど、それに対しては何も答えず、わしは背後の気配に話しかけた。
 というか数十秒ぐらい前からわしの武威センサーの端っこに平家勢力と思われる武威反応が100近く、おそらくは自衛隊の大型輸送ヘリコプター数機に別れて輸送されてきており、それに気づいたのでわしは金属バットを捨てて最後の賭けっぽい攻撃を試みておったのじゃ。

 んでその試みは上手くいき、でも一応また防御態勢に戻ったわけだけど、それも必要なかったみたいじゃな。
 ひゅん、ひゅんって感じで綱殿や坂田殿が姿を現し、さらには配下の兵たちも続々とこの地に集まり始めておる。

「ふぅ。わしの仕事はこれで終わりかな」
「はぁはぁ……お疲れ様です、三成様……それにしても……肩から血が?」
「あぁ、大丈夫じゃ。骨まではいっておらん。おぬしに教えてもらった法威の治療方法で、血もほとんど止まっておる」
「そうですか……それは……はぁはぁ……よかった。華代さんはもう離脱済みで?」

 いや、待て。頼光殿、めっちゃ疲れてねぇ?
 しかもここに集まったメンバーの中に、売人系たる卜部殿と巨乳(バカ)系たる碓井殿の姿が見当たらん。
 キッチリヤンキー系の綱殿と、伝説級の怪力を持つ坂田殿は何とかここまで戦い続けることができたっぽいけど、あの2人はすでに限界が来て、一足先に離脱しておったのかもしれんな。

 んでその将たる頼光殿もこの疲労具合じゃ。
 張飛を相手に相当な戦いをしたのじゃろう。やはり一番早く到着する予定の平家勢力を張飛に当てといて正解じゃった。
 増援が一足遅ければ、出雲勢力が潰されるところだったのかもしれん。

「うむ。それより、おぬしたちは大丈夫か?」
「はい。げほっ……はぁはぁ。まぁ、かなり疲れましたけど……。
 でもここからはゆっくりと……あなた様がここを指揮してくれれば。それに従って緩い包囲戦をすればいいのでしょう?」

 そんな会話をしておる最中にも綱殿と坂田殿が早速趙雲に襲い掛かる。他の兵も到着し次第攻撃の連携をし始め、趙雲が防戦一方といった様子じゃ。
 すげぇな、出雲勢力の総攻撃は。
 いや、それでも倒せなかった張飛はさらに上ということか。

「うむ。目の前の総攻撃を見てると、わしが出る幕なんてなさそうじゃが……」
「いえ、このレベルの敵を相手に三成様は数十分近く1対1の戦いをしていたと聞いてます。毛利勢のサポートもあったんでしょうけど……ほぼ1人で……勇多さんからそう聞いてますが?」
「あぁ、まぁそうだけど……」

 そして会話中にもわしの脇に移動しておった頼光殿がわしの顔を覗き込むように見てきて、同時に頼光殿の瞳がきらーんって光った。

「んでその秘訣は?」

 ふっふっふ。
 やはりこやつはあいかわらず好戦的な漢じゃな。
 つーか今わかったわ。
 この出雲勢力の兵たちの中で、1番疲労しておるのがむしろそのトップたる頼光殿じゃ。
 こやつが率先して張飛との攻防を交わし、ゆえに配下の者どもは比較的武威に余裕がある。
 まぁ、それでも体力の低いものから離脱を余儀なくされたのも仕方ないけど、綱殿と坂田殿が元気いっぱいなこの感じ。
 絶対……絶対に頼光殿が張飛との戦いで1番はしゃいでおったはず。

 そういう事情をうっすらと感じ取り、ついでに頼光殿の瞳の輝きに応えるように、わしも瞳をきらーんってさせてみた。
 いや、自分の瞳の輝きなんて確認しようもないし、そもそも“瞳を輝かせる”なんて機能、人間にはないんだけどさ。

「うむ。こやつらの摩訶不思議な武威の操作技術。なかなか苦労したであろう?」
「えぇ。なかなか接近できずに相当苦労しましたよ」
「では道威の仕組みを伝えたいんだけど……いや、ちょっと待て。吉継に無線の設定をいじってもらった方がよいな。全軍に一斉に伝えた方が早い」
「わかりました。でも……“どうい”とは?」

 あ、そうじゃった。“道威”ってわしが勝手につけた名称じゃった。

「そう、“道威”。おそらくやつらは古代中国から伝わる道教を元にした武威操作技術を駆使しておる。道術ともいえよう。
 それゆえさっきわしが勝手に“道威”と名付けた。
 わかりやすく言うと、武威にプログラムを仕組んで、特殊効果を付随させる技術じゃな」
「なるほど……それであんな斬撃を……」
「そうじゃ。まぁ、今すぐにこちら側の兵が道威を会得できるとは思えんが、その対処法を皆に伝える。
 より容易に対策を打てようぞ。法威のことは上手く誤魔化して。よいか?」
「えぇ、お願いします」
「でも無線で伝えようにもここでは少しうるさ過ぎるな。頼光殿? もう少し後ろに下がろうぞ」
「わかりました」

 そんな会話をしておる間にも、目の前の戦闘は激しさを増し、空爆でも受けておるんじゃないかってぐらいにやかましい。
 無線の会話に集中したいという思惑もあったけど、ここまで響いてくる坂田殿の攻撃による破壊音が大きすぎて、わしの声がかき消されてしまいそうだったのじゃ。

 なのでわしらはさらに後方へと退避することにし、その移動後わしはイヤフォン型無線機のボタンを操作する。

「吉継よ、聞こえるか?」
「あぁ、大丈夫じゃ」
「これより全軍にわしの指示を伝えたい。でも全ての兵がわしの声に反応すると、こっちが混乱する。
 ゆえに各勢力の兵の声はその勢力の頭領に……そんでその頭領だけわしへの通話ができるようにしてほしいんじゃ。できるか?」
「そんな難儀なことはできんぞ。わしも、ここに戻ってきた兵たちも……このパソコンとやら。勇多も通信用のアプリとやらの細かい設定はできんと言っておる」

 さて困ったな。
 んじゃ、全軍まとめてわしの声と、あっち側からの声が双方向で聞こえるようにするしかないか。

 と思ったけど――

「いや、待て。たった今こちらに氏直殿が到着した。この方ならできるんじゃ?」
「おぉ、それは助かる! 氏直にそのように伝えてくれ!」

 ふっふっふ。
 わしの弟子として育ててきた後北条家の氏直。
 あやつならば複雑な通信アプリの設定も容易にこなす。
 というかパソコン関係の知識はわしに匹敵するほど勉強させたからな。
 しかもやつは過去にちょいちょいナビの代わりを強いられるわしの背後で、その作業を見てきた。
 だから通話アプリのチャンネル設定やグループ化など、そういうのも含めて指示系統の諸々を頼める人材なのじゃ。

「師匠! いま吉継様からお聞きしました! 20秒ほどお待ちください。それらの設定を!」
「うむ、そのように頼む」
「はっ! おおせのままに!」

 そして何度かチャンネルが切り替わる短いノイズの後に、その氏直から報告が入った。

「設定終わりました。こちらに向かっている残りの勢力に対しても、自衛隊の無線機にて通信可能です。そちらの子機のチャンネルを5にしていただければ全軍に繋がります!」
「うむ。ご苦労……というか氏直よ。これまでの各勢力との連絡と、移動手段の確保。その他の件もよくやった!」
「ありがたきお言葉! でも戦はこれからにございます! 師匠もお気をつけて!」
「あぁ、そうじゃな。これからしばらくはおぬしがそっちで通信の管理をしてくれ」
「ははッ!」

 あとめっちゃわしに従順だしな。
 いや従順すぎるというか、もはやわしのこと崇(あが)め奉(たてまつ)っておるような……まぁ、いいか。
 三つ子の魂百まで、と言うし。

 10年前か? あの時のアレが氏直の心に何をもたらしたかについては、その……なんだ……?
 なんというか結果的に、こやつにとっても非常によい経験だったということで、前向きに捉えておこう。
 決して虐待ではない。虐待と……それに付随する洗脳ではない、はずじゃ。うん、大丈夫。

 おっと、そんなことより無線の調整が終わったんだっけ。
 チャンネルは……5と言っておったな。
 ではでは。

「こちら石田三成じゃ! 全軍の、全勢力の兵に告ぐ!」

 わしの声が無線を通して九州市の街中に響き、しかしながら戦闘は収まることもなく、遠くの方からは今も激しい衝突音の類が聞こえる。
 もちろん目の前で乱戦を繰り広げる出雲勢力の面々もどんどん激しい戦いを展開しておった。

「すでに感じておる者もおるじゃろうが、敵は怪しげな術を使っておる。
 皆の中にはそれをすでに体験し、これまで苦戦を強いられてきたものも多かろう。
 まず武威による戦いの概念を変えよ!
 さっきまで各戦場の総指揮をしておった直江兼続の転生者が言っておった。“攻撃魔法”のようじゃと。
 そのように概念の変換をすることが必要じゃ。
 若き者はゲームやアニメなどに出てくる魔法使いと、その攻撃魔法を頭に浮かべれば、理解しやすかろうぞ。
 今現在、こちら趙雲の攻撃は主に“飛ぶ斬撃”、それに“時限爆弾的な爆発効果”を確認しておる。
 もしかすると関羽や張飛の戦場においては“追尾効果”や、一呼吸遅れて迫る“時間差の斬撃”などがあるかもしれん。
 他にも“同時多発的斬撃”などが考えられるゆえ、武威による攻撃の概念そのものを変えるんじゃ。
 極端な話、魔法使いと闘っておると考えればよい」

 んで、その戦闘スタイルに対する具体的な対処方法な。

「でも数人で連携を組んで接近戦に持ち込めば、その特殊な攻撃のほとんどは意味をなさん。魔法使いが苦手とするのは戦士や武闘家による接近戦……というのがセオリーじゃからな。
 んで数人のチームを組んで連携し、そのうちの誰かが接近戦に成功したら、そのまま他の者もどんどん接近戦に入るんじゃ。
 そして疲労や負傷者が出たらそのチームは即離脱、新たなチームが1から接近戦を試みる感じで、それを繰り返していこうぞ。
 あと可能な者は体表から放つ武威の放出範囲を広げよ。“飛ぶ斬撃”の種類を事前に識別できるかもしれん。
 とはいえ敵はその術によって武威の鎧も纏っておる。体からの放出ではなく、凝縮された硬い武威の塊を体表に留まらせておるんじゃ。
 ゆえに敵の防御力はもはや半永久的。でも攻撃による“飛ぶ斬撃”は間違いなく武威を消費しておる。だから接近戦と中・長距離戦を繰り返すんじゃ。
 これから敵の生命活動そのものの限界を狙う持久戦に入る。しかしながら各々は長く戦おうなどと思わなくてよい。
 兵をどんどん入れ替えて行くからな。こちらの兵力は充分じゃ!」

 それと……うーん。あとそうじゃな。源平と武田・上杉について。

「しばらくは武田と、もう少し後に到着するであろう上杉勢を主力として前面に出てもらいながら戦う。
 人数の多い源氏と平家はあえて持久戦用の戦力として温存しつつ、これから始まる長い戦いの間に武田や上杉の兵をサポートしてくれ!
 動けなくなった怪我人の救出や前線基地への搬送、なんだったら食料や飲料水の運搬も頼みたい。でもそれだけに限らず、兵に不足が生じたら随時戦闘加入と離脱を繰り返す感じじゃ!
 一番厄介な役目じゃが、それを人材豊富な平家と源氏に頼む!
 でもこの戦は長期戦! あまり無理をせず、死傷者を最小限に抑える戦い方をするんじゃ。
 さぁ、各々気を引き締めよ! 以上!」

 まぁ、こんな感じかな。

 この戦いの中盤戦のカギとなるのは、無意識に法威を操っておったと思われる上杉・武田の軍勢じゃ。
 暗に匂わせておいたが、やつらの方が法威による武威の制御に長けておる。
 ゆえにそういう兵はわしほどとは言わないが、数メートルから十数メートルぐらい武威を広げることで、敵の斬撃の種類を事前に識別できる可能性がある。

 一方で人数が多く、プライドも高そうな源氏と平家の兵たちには、そのプライドを傷つけないように言い回しをしつつも、バックアップに専念してもらう。
 これでよかろう。

「流石です、三成様。
 あと……ふーぅ……はぁはぁ……やっと呼吸が戻ってきました」

 隣に立つ頼光殿からも異論はなさそうだし……っておい!

「ちょっと待て! 行こうとするな! 頼光殿はもう少し休め!」

 こやつ、わしのことを褒めながらも荒れた呼吸が収まったことを確認しつつ、さらにはストレッチなど始め、早速目の前の戦闘に乱入しようとしやがった!

「え? ダメですか? 今三成様がおっしゃってたことをいろいろと試してみようかと……?」

 戦闘狂か! 怖すぎるわ!

「い、いや。落ち着け。そんで、しばらくここにおってくれ。これから京都の陰陽師勢力の諜報員たちも到着する予定じゃ。
 んでそやつらにはこちらに来てもって、出雲勢力と一緒に戦ってもらう」

「ほう。そういえばそんな話を聞いたような……」
「あぁ、だからおぬしとわしがここで目を光らせておかねばならんのじゃ」
「そうですねぇ。味方同士で暗殺とかし始めたら大変ですしねぇ」

 笑えん。いや、冗談であってほしいけども。

 ちなみにこちらの戦場は毛利と入れ替わる形で出雲神道衆の余った戦力と新たに到着予定の京都陰陽師戦力。これは事前に決めておる。
 陰陽師勢力の諜報員に関しては5年前の戦いでかなり戦力が減ってはいるが、残ったものは皆わしに――つまりは当時“三成派”に属しておった者たちじゃ。
 とはいえ出雲勢力と京都勢力は微妙な関係でもあるので、わしと頼光殿から「お互い十分に連携せよ」との命令を出し、かつ戦場の後方にはわしと頼光殿が留まり、目を光らせる必要があるのじゃ。

「おっ、わしの武威センサーに反応じゃ。これは……数百? さすれば関東・中部あたりからの増援じゃな。
 吉継と氏直? 聞こえるか? 武田・上杉と源氏、あと陰陽師勢力が到着しそうじゃ。そっちの対応を頼む」
「おう、まかせとけ」

 そして始まるさらなる激戦。
 味方の増援が各地に展開し、わしの武威センサーには福岡市内の3ヶ所に爆発的な武威と法威・そして敵の操る道威なるものの衝突が始まった。

 対して、戦線から離脱させた華殿を含めた農業三騎衆、三原たちは吉継が指揮を執る前線基地へと無事に帰還できたようじゃ。もちろん島津や毛利、長宗我部の兵たちも同様に全員撤退させ、休養と治療をさせることにした。


 それにしても――くっくっく。
 わしがこれまで繋げてきた各地の勢力が今まさに1つの作戦で……しかもわしと吉継の指揮の下に動いておる。


 こんなもん、嬉しくないわけがなかろうぞ!


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