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堕ちる

 その日はケルトの民にとって新年最初の1日――すなわち、大規模な収穫祭が行われる日であった。

 死者の世界と生者の世界の境界がなくなって、現世に戻ってくる先祖の霊に収穫物を捧げてもてなす日。死者の霊が戻ってくるため、悪霊が寄ってこないよう篝火(かがりび)を灯して清める。

 大規模な宴会が、キャメロットでも執り行われていた。

「おーい! もっと酒を持ってこい!」

「ガウェイン兄さん、ガヘリス兄さん、飲み過ぎですよ。アグラヴェイン兄さんからも何か言ってよ」

「よう4兄弟。楽しんでるみたいだな」

「ランスロット卿! お前もこっちで飲むか?」

 騎士たちや貴族たちも、飲めや歌えやと騒いでいた。
 もちろん主催者であるアーサー王はそんな彼らを見守っている。そんな王に近づいたのはモードレッドだった。

「王よ、どうぞ」

 そう言ってモードレッドは酒を注いだ。

「モードレッド卿、そなたは先の戦で勇敢に戦ったな」

「お褒め頂き光栄に存じます」

「これからも円卓の騎士として、励んでくれ。だが無茶はするなよ」

「……このモードレッド、これからも『王』のために力を振るいます」

 この時はまだ、アーサー王はモードレッドの心中を知る由もない。

 その後もモードレッドはアーサー王に酌をし続け、宴会がお開きになる頃には既に、王は酔い潰れていた。
 そう、モードレッドは意図的に酌をした。酒の力で入眠を早め、酔いから醒める前に鞘を奪ってしまおうという魂胆である。


 他の騎士たちも早めに眠っているので、音を立てないようにアーサー王の寝室へ向かった。
 静かに扉を開けると、エクスカリバーはベッドの近くの壁にかけてあった。ベッドではアーサー王が眠っている。宴が終わってから、まだあまり時間が経っていないので醒める可能性も低い。

 エクスカリバーを手に取り、鞘から抜き取って剣を壁にかけ直し、鞘を持って部屋を出た。
 盗んだものは自身のマントの中に隠して、モードレッドはモーガンが待つ森へ向かった。


 森の奥には、川によって海と繋がる巨大な湖があり、そこでモーガンが待っていた。
 海の向こうにあって、選ばれし者が埋葬されるという幻の島アヴァロン。そこから現世へやってくる魂もおり、モーガンはそれらを再びアヴァロンへ見送っていたのである。

「モーガン様」

 モードレッドの声に彼女は振り向いた。

「お前か、何の用だ」

 モードレッドはモーガンに跪いて、鞘を見せる。紛うことなき、魔力を持つ鞘だ。

 そんなことはありえない、別の鞘で自分を騙しているのだ。否定したくともできず、彼女は悟った。

 モードレッドに乗せられて、真の意味で自分はアーサー王に歯向かうことになったのだと。

「……本当に盗んだとは」

「騎士に二言はございません。この契約、私の勝ちです」

 己の決意に指1本触れさせず、どんな道だろうが気高い歩調で突き進んでいくその姿。
 この男もランスロットに似ている。モーガンはそう感じていた。

 〈湖の騎士〉は青く(より熱く)燃える愛の道を、〈呪われし騎士〉は帰り道を塞がれる闇の道を選んだ、それだけの違いである。

「……無理だと高を括っていた。だが、これで良いのだな? 『魔女』『妖姫』、そのように呼ばれる私との契約を果たしたのだ、お前は邪道に堕ちたぞ」

「騎士たるもの、嘘はつきません。『王』のために力を振るう、すなわち、『王』という称号を得るために手段は問わない」

 ここで彼の覚悟を買ったモーガンは、その証としてエクスカリバーの鞘を湖の底に沈めた。


 翌日はもちろん大騒ぎになった。エクスカリバーの鞘がなくてはその魔法の力は発揮されない。アーサー王は、傷を負えば血を流して最悪の場合死んでしまう者となったのである。

 酔って眠っていた騎士たちや召使いたちは誰も何も証言できなかったので、犯人探しは難航した。

 アーサー王の栄光に陰りが訪れたことで、騎士たちの不安は高まり、緊張状態が続き、精神的に疲れていく。その焦りに拍車がかかるばかりだった。

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