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ベッドに横になり目を閉じ考えた。

ロバートはサンドラが帰国したことを喜んでいるけれど、ルイス様が私たちの関係を、特に男性であるロバートとの付き合いを許して下さるか分からない。

友人として認められるのは同性である場合だけではないだろうか。
一般的にどうなのか分からないが、異性の若い男性と、友人だからといって遊びに出かけるのは控えた方が良い。
互いに既婚者なのだから、できるだけ節度を持った付き合いをしてくれればいいのだけれど。
さすがにサンドラと二人きりで会おうとは思はないだろう。少なくともサンドラはロバートのことを友人としてしか見ていない。

問題はロバートだ。

彼は学園で友人だった私の性格も熟知していたし、私となら上手くやっていけると結婚した。
貴族の結婚だから政略結婚が当たり前だと、割り切った考えのある彼にとって、私は結婚相手という名だけの存在だった。

学園時代は私に対して友情はあった、でも愛はなかっただろう。
少なくとも私のことは嫌いではなかったはずだ、いや、サンドラの親友の私だから嫌われなかったのかもしれない。
いろんな考えが頭の中をよぎり、複雑な感情が次々と湧き出てくる。

けれどロバートは一緒に暮らしたこの一年で、私を妻として愛するようになったと思っていた。
サンドラのことは過去の懐かしい思い出くらいであってほしい。

今の結婚生活は幸せだけれど、サンドラが帰国したことによって、その中に不安と切なさが交差する。
私は深呼吸して、目を閉じた。


それからひと月ほどが経ちサンドラから手紙が来た。

「久しぶりに会いたいと書いてあるの。今度の水曜日にサンドラに会ってくるわね」

「水曜か……何とか都合をつけるよ」

え?あなたは呼ばれていない。
そもそも平日だから仕事があるでしょう。

「えっと、ちゃんとしたお茶会ではないの。女同士でおしゃべりしましょうって感じかしら」

「俺は参加しちゃいけないの?俺だって友人なんだから、久しぶりに会いたいよ」

「けれど、ロバートは仕事があるでしょう?サンドラも公爵夫人としてやっていかなくてはならないし、夫婦でお邪魔したら仰々しき感じになるでしょう」

「そうかな?サンドラはそんなこと気にしないと思うけど。俺たちはずっと一緒にいた仲間なんだし、気を遣う間柄でもないだろう。別に接待して欲しいというわけでもないし」

「それなら、次回はうちにサンドラを呼びましょう。それで良いでしょう?」

私はロバートに分かってもらおうと説得した。

貴族の夫人たちは、男性を抜きに話がしたい時もある。昼間に会う場合はそれがほとんどだ。
夫の愚痴や義理の母のこと、男性にきかれたくない話もあるのよ。

サンドラはロバートも一緒に来るとは思っていないはずだ。


「……そうか、でも、俺が行っても迷惑じゃないよね?」

「公爵のルイス様がいらっしゃったら、ご挨拶をすることになるわよ?あちらも気を遣われるんじゃないかしら」

彼は自分が執拗に会いたがっていることが分かっているのだろうか。「また会いたいね」というレベルではないだろう。

彼の気持ちがまだサンドラにあるのか、それとも再燃したのか。

私と結婚し、幸せになろうと言ってくれた彼はまやかしだったのか。
政略結婚で愛情まで欲しがるのは間違いなのだろうか。

私は無理やり笑顔を貼り付けて、彼に告げた。

「ロバート、貴方は私の夫よ。サンドラと友人だとはいえ、必要以上に距離を近づけようとしているのはどうかと感じる。私は貴方の妻でいいのよね?」

ロバートはハッとしたように目を見開いた。

「あっ、いや……そういうつもりじゃなかった。君も分かってくれていると思っていたんだ。その……サンドラとは幼なじみで、なんていうか妹のような存在だから、心配なんだ」

「その心配は、ロバート、貴方がするものじゃない。夫のルイス様の仕事じゃないかしら」

「君のいうことはもっともだ。間違いではないだろうけど、友人として何か手伝えることがあるんじゃないかと思った。公爵夫人になってまだ一年だし、王都へ帰ってきて何かと不安だろうから」

ああ……この人は何も分かっていない。
これ以上何を言えばいいのか考えられなくなった。

「分かったわ、サンドラに貴方も行くことを告げましょう。仕事を休んで、お茶に行くのよね。そう書いて送りましょう」

「いや、その……いいよ。そこまでして会いたいわけではないから」

それからロバートは私の前でサンドラの名前を出さないようになった。
妻である私に気を遣ってくれているのか、自分の中でお互い結婚したのだからと彼女への想いに蓋をしたのかそれは分からなかった。

私は「妻は私でしょう」と強い言葉で彼を責めてしまった。だから妻であることを疎かにしてはいけないと、今まで以上にロバートに尽くす良き妻であるよう心掛けた。

***


そしてサンドラとのお茶会の日がやってきた。

「ロバートも一緒に来てくれても問題はなかった。けれど、その為に仕事を休む必要はないわ」

私は彼女にロバートが一緒に来たがったことを話した。

「学生時代もそうだったけれど、ロバートは貴方が好きなのよ」

「困ったわね……私は友情以外の感情はないのよ。けど、ロバートはティーナを、とても大事にしているように見えたけれど違うのかしら?私に対しては、妹としての好意で間違いはない気がするけど」

ロバートにとって私は、政略で結婚した妻というだけで、波風立たないように体裁を繕っている。もちろん大きな喧嘩をしたり酷い扱いを受けているわけではない。でも、愛されているのかどうかは疑問だった。
彼が愛しているのは一生サンドラだけなのかもしれない。

「ええ、大事にされていると思う。労いの言葉もくれるし、社交界でも変わらずおしどり夫婦のままね。彼もサンドラは妹みたいな存在だと言っていたけれど、端から見ると少し違うの。初恋の気持ちは消せないのかもしれないわ」

「基本ロバートは紳士だから、誰とでもうまく付き合える人でしょう?ティーナの考えすぎじゃないかしら。私は既婚者だし、彼が私に告白してきたりするわけじゃない。何も言われていないのに振るなんてできない。けれど、私はサンドラの親友だし、貴方との関係を拗らせたくはない」

「ええ、分かっているわ。サンドラは結婚しているのだから、彼は二人だけで会おうとはしないと思う。ロバートはよくても他の人に見られたら変な噂が立つかもしれない。サンドラの公爵家での立場も考えるべきだし、公爵家に迷惑がかかる」

「そうね。それくらい大丈夫だと思っていても、貴族会は愛人や浮気や不倫、夫の不貞に妻の素行の悪さとか、重箱の隅をつつくように細かいことまですぐに噂が広がる場所よね。私も義母の手前、変な噂が立つと困るわ」

サンドラは公爵夫人としての仕事を今必死に覚えている。同居しているルイス様の母親、サンドラにとっては義母にあたる方から厳しく教えてもらっている最中だった。

「迷惑をかけてごめんなさい。私が気にし過ぎだったのかもしれないわね」

「いいのよ。何かあったらティーナに必ず報告するわね。私が忠告するのもなんだけど、男性は煩く言われると鬱陶しく思ってしまう生き物だから、あまり干渉しすぎも良くないわ。妻なんだから心に余裕をもって、おおらかな気持ちで彼を見てあげるといいかもしれない。私の夫は忙しい人だけれど、どこで変な噂を耳にするか分からないから、ロバートとは距離を置くわね」

やはりサンドラは親友だ。
彼女に相談して良かったと思った。何も話さず不安な気持ちをため込んでしまうと、気づいたときには遅く、爆発してしまっていたかもしれない。

心が少し楽になり、私はサンドラととても有意義なお茶会の午後を過ごした。


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