第100話 さすがに安心する母
「でも安心したわ」
心のそこからの言葉と言うようにコーヒーカップを包み込むように手にしている薫がカウラとかなめを見つめた。
「皆さんと仲良くやっているみたいで。この子が高校時代に野球部で肩を壊したときなんて……結構荒れてて……本当にこんな穏やかな感じになるなんて思ってなかったから」
母が安心したようにコーヒーを飲んでいるのを安心したように見つめる誠だが、その視線の先にはにやけたかなめの顔があった。
「なんだ?オメエにも荒れてる時期があったと言うのかよ。それこそアタシには想像もつかねえな」
かなめはそう言って誠の顔をまじまじと見た。いつも荒れているようなもののかなめの荒れ方に比べれば自分の当たり散らすことなどかわいいものに思えてきて誠は苦笑した。
「そんなことは無いですけど。確かに壁に穴開けたり、椅子を壊したりしたのは事実ですけど。どこの子供でも男の子ならやることじゃないですか?そんなこと」
誠は照れたように頭を掻いた。だが、母親は面白そうにかなめと誠、そしてその様子を伺っているカウラを見回した。
「本当にあの頃は結構荒れてたじゃないの。高校最後の夏に負けたときなんかみんなに当り散らしたりとか。補欠のキャッチャーを殴ったんでしょ?それで硬式野球部を追放されて……」
「母さん!やめてくれよ!恥ずかしいじゃないか!まだ子供だったんだよ!」
誠の言葉にいかにもうれしそうな表情をかなめは浮かべた。
「私は肉親が無いからな。そう言う気持ちはわからないんだ。怒りの向ける先があるだけ神前がうらやましい」
どこかしらさびしげな表情でカウラはつぶやいた。誠は母と向き合って自分の言葉が彼女を傷つけたのではと黙り込んだ。
「わかる必要もねえよ。いたらいたで面倒なだけだ。アタシの場合は怒りの矛先はかえでと決まってたがな。アイツを痛めつけて晒しものにするのがアタシの最高のストレス発散法だった」
それぞれの本心ともいえるカウラとかなめの言葉が誠の心に響いた。それぞれを予想していたのか、にこやかな表情で薫は黙って頷いた。
「じゃあ、帰りましょうか」
かなめが一気にコーヒーを飲み下すのを見た薫が立ち上がった。アメリアの置き土産をかなめは行きがかりで持つことになった。そして誠は両手に画材を抱えた。その立ち上がるのを見て店員は頭を下げた。四人はそのまま暗がりが店内に広がるような洋食屋の店内から冬の日差しが降り注ぐ金町駅前広場にやってきていた。
「なんだかうれしそうね」
かなめとカウラを薫は目を細めて見守った。そんな母を見ながら誠はしばらく彼女達が自分の中でどういう存在なのか確かめてみようと思っていた。