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50話 密着のご褒美は勘弁ください、上

 泣きたくなったが、ここはもう素直に『あーん』を受け入れるしかない。

(しないと、いつまで経っても終わらない)

 それは、以前も経験済みだった。

 とにかくコレは彼の『ご褒美』だ。自分の言葉の責任を取るべく、エリザは涙する思いで羞恥心も追いやられて、渋々それを口に入れてもらった。

(あ、美味しい)

 好みのケーキが美味しすぎた。

 このチョコケーキ、ほんと素晴らしいお味すぎる。おかげで少し心も少し回復するのを感じて、品がないといわれる仕草だろうと分かっても思わず唇に残ったチョコレートまで舐め取ってしまう。

 それに満足したのか、ジークハルトが「ふふっ」と笑みをこぼした。

「どうぞ」

 彼は、次の一口分をすすめてきた。

 目の前に差し出されたそれを、エリザは素直に口に入れた。更に次も自然と食べてしまい、彼女は美味しさに頬は緩むし、恥ずかしいしで心の中が混乱してきた。

「うぅっ、相変わらずケーキが美味しすぎる……!」
「君も、大概だよねぇ」

 フィサリウスにもっともな指摘をされて、エリザは言い返す言葉も浮かばなかった。

 ケーキを食べつつ、時々ジークハルトに褒めるみたいに頭を撫でられる。

 何が楽しいのか分からないが、仔犬か子猫になった気分をエリザは感じた。

 ケーキを一つ食べ終え、ようやく紅茶を飲めた時にはほっと一息吐けた。腹を抱えていない方のジークハルトの右手が、暇を潰すように髪を梳いているのだが、指に絡める手付きが妙に色っぽくて首の後ろがぞわぞわする気がした。そこから気をそらすそうに話を振る。

「えぇと、ところで殿下、ルディオは大丈夫ですか?」
「ご覧の通り、心身共に力尽きてるよ。何度か意識は浮上したようだけど、この空気でまた気力が奪われたみたいだね」
「……空気?」

 一瞬、エリザは本気で何も頭に浮かばなかった。

 それはなんだろうと思って尋ねようとしたのだが、直後、彼女は女の子みたいな悲鳴が口から出るのを阻止するのに全意識を集中することになった。

 後ろから、ジークシルトが髪を下からゆっくりと梳い上げたのだ。

 首の後ろから、頭皮まで彼の長い指がするりと進んでいく感触が、やけにぞくぞくっと背中に甘い痺れを起こしてきた。

 なんというか、触れられた一部がものすごく変な感じがした。

(え。き、気のせい、かな?)

 エリザは思わず硬直していた。ジークハルトは気付いていないようで、ゆっくりと彼女の髪を梳き続けている。

 気のせいだったのだろうか。そう訝しみつつ、エリザは両手で持っていたティーカップを再び口に寄せ、飲んで――。

 ――すりっ。

 次の瞬間、ジークハルトの指が耳の後ろをくすぐった。

「ごほ!?」

 ぞくんっと震えるようなくすぐったさが走り抜けた。

 思わず紅茶を咽てしまったら、ジークハルトが手を止めた。

「大丈夫ですか?」

 彼女の方を覗き込みつつ、彼が、続いて咳込みだしたエリザの手からティーカップをそっと取り上げ、テーブルへと戻す。

「い、いえ、なんでもないです、大丈夫です……。あの、気になるので、髪を触るのはやめませんか?」

 恐る恐る首を回し、ジークハルトにそう提案してみた。

 彼は不思議そうに首をコテンと傾けた。

 その様子が何だか可愛いなと思ってしまう自分は、眩暈がしそうなほどの美形を、治療係についてからの短い期間ですっかり見慣れ過ぎてしまったのだろうか。

(いや、うん、見慣れてはいない)

 じっと見つめ合っていたら、その近さに徐々に心拍数が上がっていくのを感じた。

 たぶん、この姿勢のせいだ。女の子扱いのような錯覚を受けてしまう。

 ジークハルトの真っ直ぐな目を見つめていると、エリザの問い掛けを不思議に思っている感じでもある。どうして、と彼に尋ね返されたらどしようかと彼女は悩んだ。妙なくさぐったさがある、なんて説明し難いことだった。

「いいですよ。分かることができましたから」

 不安に思ったタイミングで、ジークハルトがにっこりと笑いかけてきた。

 今度はエリザの方がきょとんとしてしまう。

「何が分かったんですか?」
「いいところ――いえ、皮膚の感じが分かって」

 皮膚、とエリザは繰り返す。しばし考えたものの意味が不明だった。

(うん。意味が分からない)

 とはいえこのまま見つめ合い続けているのも気が引けた。ひとまず身をよじり、彼の上で正面へと向きを変える。

 するとその一瞬、彼の身体がわずかに強張ったような気がした。

(もしかしたら、そろそろ痺れてきたのかも?)

 エリザはピンときた。そうであればもう終えてくれないだろうかと思って前に寄ったら、彼が後ろから片腕で引き上げ、今度は腰がくっつくほど近い位置に座らせてしまった。

(……ちょっと動いただけで悪化してしまった)

 エリザはお尻の下だけでなく。今度は背中もすべて彼の身体に密着していて、なんだか急速に落ち着かない気分になってきた。

「あの、訊きそびれてしまっていたのですが……重くないですか?」
「ローブもないですし、全然気になりませんよ?」
「まぁ、あれは重いですからね」

 だから外させたんだろうなとエリザは思っている。

「でもその、そろそろジークハルト様もきつくなっているんしゃないかと思いまして。それなら、この姿勢はやめませんか――ふぎゃっ」

 ジークハルトがエリザの身体に残っていた腕も回して、後ろから優しく抱き締めてきた。

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