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「お、俺はっ、休憩で立ち寄ったわけじゃないっ。訪ねたいと返事を出したのも、俺が来たいから来ているのだし、花もシェスティに贈りたいから贈ったっ」

 力いっぱい、そう告げられる。

 シェスティはもう「はい」とか「そ、そうなの」としか、相槌が打てない。

(嫌いだったら、そんなことしないわよね?)

 手だって、こんなふうに力強く握ったりするだろうか。

「それから、今日来たのは……建国祭について自分の口から聞きたかったわけで……」

 カディオのピンと立っていた獣耳が下がると共に、彼の視線と声も落ちる。

「建国祭のパーティーのこと?」
「そ、そうだ。三日間パーティーが続くだろう」
「聞いているわよ」

 だから帰国したその日と翌日に、シェスティはクローゼットルームを確認して整理したのだ。

 母には、助言一つ要らない娘だったと思い出した、なんて呆れられた。

「今年の建国祭は出席するのか? それとも、帰国したばかりでもう少し休みがほしいか……? シェスティは人族だ、獣人族よりも体力はないのは理解している」

 それとも、の言葉で彼の眉と獣耳がもっと下がる。

 シェスティはどきどきした。こんなにも力がない彼の声を聞いたのは初めてだ。

(手を、ずっと握られているせい?)

 まるで心配して、一心に気遣ってくれているみたいにも感じる。

「シェスティ?」
「えっ、あ、ううん平気よっ。母にも出席すると答えて準備は進めているの」

 裾直しをして今の流行に寄せて少し手を入れデザインすれば、使えそうなドレスも結構あった。

 それが建国祭の二日前には届くことになっている。

 その中から着けるドレスを選び、装飾品も合わせていくので、今からまた少し大変だが――。

「そうか。それじゃあ、次は当日に会おう」

 カディオが、ほっとしたような声でそう言った。

 眉間の皺がないせいか、普段の彼と雰囲気が違っていて、シェスティは心臓がばっくんとはねる。

(まるで、会えるのを楽しみにしているみたい――)

 これまで彼に『会おう』なんて別れの挨拶をされたのは、記憶にない。

(いやいやいや、相手はカディオだものっ)

 慌てて心の中で否定する。
 カディオは手を握っているのがおかしいとも思っていないみたいだ。そのあと、普通に手を放し、建国祭に招待されている近隣酷の要人について共有してきた。

(あれ? これ、私がパートナーなのを想定して話していない?)

 普通、そう共有するのは外交や社交に必要だからだ。
 彼が話しに上げている要人たちは、明らかに王族にとって注目している者たちである。

 シェスティも三年前に、何度か顔を合わせていたから知っていた。

「あとでリストも送る」

 カディオは玄関先でそう言った。

「…………う、うん?」

 彼が護衛たちと馬車に向かう後ろ姿を見送りながら、シェスティの口から遅れてそんな返事が出た。

 おかしい。
 つまり、当時はまた彼のパートナーとして一緒にいるのか。

(幼馴染だから?)

 リストを送るということは、国王たちのほうも、シェスティの両親だって承知していることなのだろう。

 けれどそんな考え事よりも、シェスティはカディオを意識して胸が落ち着かなかった。

          ◇◇◇

 そして建国際がやってきた。
 王都では祭りが開催され、各地も賑わっている。

 王宮では毎年、三日間パーティーが開かれる。貴族たちは夜に向けて準備にも大忙しだろう。

 デビュタントの子たちにとっては最大のお祭りごとであり、いい人との出会いがもっとも期待できる場であり――。

 もちろん、そんなことシェスティには遠い出来事だ。

 気付けばカディオの世話を任せられていて、それから数年、とくに告白イベントやら胸ときめかせる出会いもないまま、十四歳になった年に悟った。

「うん。幼馴染だからね」

 シェスティは身支度に入るため、母と別れて数人のメイドと廊下を歩く。今日までの数日、一人行動から得た強靭な精神で自分をそう落ち着けていた。

「大丈夫そうですか?」

 メイドの一人にそう尋ねられた。
 これから湯浴みをしたり肌を綺麗にしたり、爪の手入れと数時間のフルコースだ。
昨日までの若干落ち着きのない、たびたび挙動不審に考え込んでいたことを心配しているのかもしれない。

「私はもう平気よ。国内に戻ったら幼馴染として世話を押し付けられるのは当然のことよね」

 途端、質問してきたメイドも含めて、失礼な眼差しを寄越してくる。

「残念でなりません……」
「声にまで出すことなの?」
「お嬢様、殿下のご意思による来訪と花束は、どうお考えを処理したのですか」
「彼って、二十一歳だった頃も子供っぽかったでしょ? ようやく大人になったのではないかしら。私もそうじゃない」

 そう、ずっと喧嘩ばかりなんて嫌だな、と思っていた。

 離れて『寂しいな』と感じた。
 離れている間に縁が薄くなって、もうきっと会うことはない。彼への言葉があんなつまらないものになってしまうなんて――と。

(たぶん、そう。カディオは幼馴染として花を贈った。それだけよ)

 頬の熱がぶり返しそうになって、シェスティはメイドたちから顔を背けて、手の甲で頬を拭った。


 一日目の夜、シェスティは家族と揃って王宮へといった。

 お祭りとはいえ社交でそうハメは外せない。
 王家への祝いの言葉と挨拶、それからシェスティにとって三年ぶりの自国での社交の場で、挨拶する人も多かった。

(もれがないよう気を引き締めないと)

 そう意気込んで、家族といったん別れた際には動き出した――というのに、想定外の邪魔が一人、いた。

「学校以来ね」
「シェスティ嬢、会いたかったです! また大変美しくなられて、ひぇ」

 久しぶりに学友の令息と言葉を交わしてすぐ、小さな彼がぶるぶると震え上がる。彼の頭の上にあった猫耳は、かわいそうなくらい伏せられている。

「ぼ、僕、ちょっと用事があわわわわっ、また今度!」

 彼は猛ダッシュして、人混みに突入していく。

(……この光景を見るの、これで何度目かしら)

 別れの言葉も間に合わなかったシェスティは、中途半端に上がったところで手を止め、口元をひくつかせていた。

 原因と言えば、兄の代わりにそこに立っている男としか思えない。

 ちらりと目を向けると、そこには反対側へ顔を向けているカディオがいる。彼の獣耳は、ピリピリとした空気を伝えてくる。

「……威嚇でもした?」
「してない」

 カディオがふんっと鼻を鳴らす。

 国王夫妻に挨拶をした際、カディオのパートナーなのだから、このまま息子を連れていってはどうかと二人に言われた。

 その際、シェスティは、彼も一国の王子でいろいろとあるでしょうからあとでいいです、とズバッと断った。

 そうしたらカディオが最悪な機嫌と言わんばかりの低い声で『行く』と、スパッと答えてきたのだ。

 虫の居所が悪いようだ。

 獣人族はたまに〝威嚇〟という、獣人族が感じる圧を放つらしい。
 それは〝血が濃い〟ほど強いものだとか。人族のシェスティには分からないが、つまり今の元同級生が逃げ出したのも、これまでの人たちもカディオの威嚇を感じ取って、本能的に逃げ出したのではないかと思うのだ。

(なんでそんなことするのかしら? 私の挨拶回りに協力する気、あるの?)

 これでは挨拶もままならない。
 隣国とは違い、ここは幼少期から顔を知っている男女の友人たちがいるのだ。帰国したことを喜んでくれている友人たちに挨拶しないと。

「あなたも必要な話し合いとかあるのなら、いってきていいわよ」
「俺はシェスティのパートナーだ」
「…………」

 向こうを指差した途端、カディオが顔を向けてきっぱとり告げてきた。

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