みんなあなたが好きだから
気がついたら意識が消えたまま、ほとんど身体も動かすことができなかった。
おそらく、ネネルのやりたい事は分かっている。「妾と共に天下を取るのじゃ!」って無理矢理結婚だかなんだかさせようとする魂胆なんだろうって。
だがあいつの魂を削ってまで厄介になりたくはない。もしそれでお前がエセリア姫みたいに命を落としちまったら、誰が責任を取るんだ?
……あれ? 俺さっきまで部屋で寝ていたはずだった。なんで外なんか出歩いてるんだ?
オマケに寒いと思ったら、雪すっげえ降ってるし。こりゃ相当積もりそうだぞ。
思い出した。もうみんなの世話になるのはやめようと思って、抜け出したんだっけ。
どこか、そう。誰の目にも止まらない場所がいいな、そこで一人、じっくり休んでればきっと治るだろうさ。
今さらルースやイーグたちの助けなんて借りたくはない。ましてや寝たきりのまま生きるのだってゴメンだからな。
どこか……どこか、人気の無いところへ。
やべえ、なんだここすっげえ雪が積もってるし、そんなに降ってたのか?
足が、もうこれ以上持ち上がらねえ。身体も冷えて……
あ、そうか、寒さで死ぬってこういうことだったんだな。
まあいいか。このまま誰もいない場所で死んじまうのも悪くないかもな。
眠くなってきた……それに身体も軽くなってきたし、なんか心地いい……
「いたーーーーーーーっ!!!」
ー誰だこの声、どっかで聞いたような気がするけど。
「ラッシュさん! ラッシュさん起きてください! 目を覚まして!」
ーまた聞いた事ないような声……やめてくれ、おれはもうねるんだから。
ああ、なんかからだがあったかくなってきた。きもちいい……って、あれ?
「あぢいいいいいいいいいい!!!」
夢じゃない、マジで熱い!なんか燃えてるし! じゃない、俺のケツに!尻尾に火がついてるんだ!!
あたりを見回してみると、なんだここ? どっかの穴みたいで、目の前には焚き火。
そして誰かの上着が何枚も俺の身体に乗っかってて、なんだこれ?
「よかった……気がつきましたか!」
突然ぬっと俺の前に姿を現したのは……誰だっけ、このメガネかけた男。
「誰だおまえ?」
「え、覚えてません? 僕ですよ。エイレですよ!」
ぼんやりした頭の中でようやく浮かんできた。そういえばあそこを発つ前、ひどく俺のことを気に入ってたやつがいたんだっけ。
「ラッシュさんがいなくなったんでみんなで手分けして探していたんですよ。そうしたらここに血痕があったんで、僕とジールさんでずっと追っていったら、雪の中に埋まってたラッシュさんがいて、息してなくて、僕……ぼく……」
エイレのやつ、俺を抱きしめておいおい泣きはじめた。つーかジールはどこにいるんだ?
ふと、上着に埋もれた俺の隣で柔らかな感触が。それにとても暖かい。まさか……?
恐る恐る上着をめくると、そこには……
ジールが俺の身体に抱きついていた。
しかも、えーと……これ、下着っていうんだっけ?
胸と腰に巻いた布切れだけ、ほとんど裸状態のジールだった。
「身体が氷みたいに冷たかったんで、交互にラッシュさんを暖めたんですよ」
え、交互って、つまり……
「お前も暖めてくれたのか?」
「当たり前じゃないですか。ジールさんだけだったら逆に凍死しちゃいますし」
お前、男……だろ?
つまり、ジールとエイレが冷え切った俺の身体を交互に暖めてくれたってわけか。
ジールさんだけじゃ逆に危険ですしね。ってエイレは言ってくれてるけど、男に暖められても……その。
「大丈夫ですって、僕は下着姿じゃ暖めてませんから」
いやそーゆー問題じゃなくて……っいたたたた、安心したらまた傷が痛み始めた。
「マティエさんから話を聞きました、未だにケガが治らないとかって」
そう言って、エイレは持ってきたランプに火を点けてくれた。
そうだな、こいつにはまだ説明してなかったんだっけ。
「でも、なんで僕らの前からいなくなったんですか? 仲間のみなさんすごい心配してたんですから! まともに歩くことすらできないって聞いて、ひょっとしたら…」
また、あいつの目からぼろぼろと涙が。
「命を絶つ気なんじゃないかって……!」
ぎくっと俺の胸にまた違う痛みが走った。そうだとも、こいつの言うとおりかも知れねえ。
まともに動くことすらできない、みんなの厄介になる前に、俺は自ら……
「残された人はどうするんですか! 子供さんだってそうだし、今いる方々、それに故郷に残した人たちも。みんな……それに僕だって」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔が、俺の胸に飛び込んだ。
「ラッシュさんが大好きなんですから……!」
なんなんだこいつ、まだこの前会ったっきり、一日にも満たない付き合いだってのに、それほどまでに惹かれただのなんだのって。
でも、ジールだってそう。みんな本気なんだ。
「一人で悩まないでください、抱え込まないでください! 絶対に、絶対に僕たちがラッシュさんの身体を治す方法を見つけますから、だからもう消えたりしないでください……!」
鼻声で俺は、すまねえとしか返すことができなかった。
悪かった、こんなこと生まれて初めてだったから、俺も頭の中がわやくちゃになって、衝動的に逃げ出しちまって……
小さく震えるエイレの肩をぽんぽんと叩き、俺はあいつが泣き止むのを待ってようと……したんだが。
「あや〜、ラッヒュ目が覚めたんにゃ〜」
ジールがようやく目を覚ましてくれたんだが、なんか様子が変だし。
このふやけた口調、それに……うん、息がすっげえ酒臭い感じする。
俺はケガの影響でほとんど鼻が利かなくなってるんだけど、それでもなんとなく、それにヤバいくらい濃度の高い酒の息がジールから漂ってくる。ヘタしたら俺もこいつの吐息で酔ってしまうくらいな。
「な、なんでそんな酔ってるんだジール?」
「あのれー、雪の中でソーナンしちゃった時はお酒飲むと身体があったかくなるんらよー。ラッヒュもエイにゃもいっしょに飲もー」
と言って、ジールは背中から古びた酒瓶を取り出して俺に勧めた。
「どっから持ってきたんだ?」
「えっとねー、エッジャールの荷物から拝借したんにゃー」
オイこらまて、それって泥棒じゃねーか、しかもエッザールの持ってる酒って確か、火を吹けるくらい純度が高いんじゃなかったか!?
「えっと……お仲間のシャウズの方ですよね、エッザールさんって」
そして説明役はエイレにバトンタッチされた。
「ラッシュさんを探そうと外に出たら、突然倒れてしまいまして……聞いた話によると、シャウズ族は極度な寒さに弱いらしくって、その時は生命活動を停止に近い状態にして気温が上がるのをひたすら待つそうなんです。でもってジールさんはなぜかお酒だけ持って行ってしまって……。なんでもマティエさんからその酒は絶品だと聞かされたそうで、ずっと狙っていたらしいんです」
すまん、お前の言ってることが全く理解不能なんだが。
「まあ、とりあえずランプだけじゃ全然どうにもならないので、これ飲んで身体の中から暖まりましょう」
ちょっと待て、お前もこのヤバい酒飲むのか?
「あまり飲めないですけど、今はどうこう言ってられません!」
俺は飲まねえからな。絶対吐くし。