挑発
ー遠慮はいらん。どこにでも打ち込んで来るがいい。
ばっと両腕を広げたその姿。上背の高さも相まって、さらに大きく見えてきた。
いや、分かる……これは奴なりの挑発だということは。それに乗ったが最後、まんまとあちらの作戦に。というのが今まで見てきた悲劇の一環だ。
まずは落ち着け、俺。深呼吸するんだ。どちらにしろこっちの方が有利なのだから。
しかしガーナザリウスの奴、相変わらず剣を抜く気配がない。それも挑発の一つだとは思うが、やはり気になる。だからいま一度聞いてみたんだ……俺からの挑発ってことでな。
「なぜアンタは剣を抜かないんだ? ひょっとしてそれはガワだけじゃねえだろうな?」
ー所詮土を舐めるだけの奴に、わざわざこの剣を抜く意味もあるまい。
ヤバい。俺の方が先に頭に血が上ってきた。
さっきから俺が負けるだのなんだの調子に乗りやがって! フザケんな!
渾身の力で俺は真正面から斧を振り下ろした。やってやるよ、アンタがまともに受け止めればの話だがな!
「うおおおおおおおっ!!!」
……と、本来ならば食らっているはずだった。正面からばっさり斬られるか、または抜いてない剣で受けるか、だ。
避けた? いや違う。あいつの足も身体も一切動いていなかった。
なのに……俺の斧は奴にまったくカスりもしていなかったんだ。
思いきり地面にめり込んだままの鋭い刃。どうしてだ!? 奴に一撃浴びせたはずなのに。
ーどうした? まさか今のが本気だとでもいうのか?
そうだ、きっとさっき息切れ起こしてめまいでも起こしたに違いない。もしくは足場が悪くてバランス崩したか。
奴の言葉に、さあっと血の気が引いた。
「グダグダ抜かすンじゃねえ!」地面から引き抜く力を利用して、今度は奴の股からブッた斬……!?
まただ、あいつは微動だにしていないのに、ただ俺の斧だけが空しく空を切っていた。
ウソだろ……おい! まるで幽霊か霞にでも挑んでいるみたいだ。
ー威勢の良さだけは一人前だな。だがそれだけでは……
「うるせええええええ!!」
一気に頭に血が上った。なに言ってやがるんだこのクソ野郎、距離感が狂ってるわけねえだろうが。見てろよこのツギハギ、この! この! このおおおおお!
勢いに任せてとにかく奮いまくった。縦にも、横にも、首を、腕を、足元を。けど全てが……すべてがすり抜けちまうんだ!
「いちおう助言しておくけど、ガーナザリウス様にはちゃんと実体はあるからね」
「それはよかった……ンで、どうして一発も当てられねえんだ?」
さすがにここまで素振りばかりだと息が切れまくった。腕もズンと重くなる一方だ。
ここまでやったのなんて……そうだな、親方にしごかれたとき以来かも知れねえ。
だが今はそんな感情にひたってる場合じゃねえんだ! 考えろ、頭を使え俺!
……くそっ、考えれば考えるほど頭に考えが浮かんでこねえ。
きっとなにかタネとか仕掛けがあるはずだ。見つけ出すんだ、そして一撃喰らわさないと!
「ラッシュ、君の技量ってその程度のものだったの? 戦場では黒衣の二つ名を持つほどの猛者だって聞いたんだけど?」
「だ、だれからそんなこと聞いたんだ……?」息が切れて、言葉もおぼつかない。
「んーとね、そこにいるゲイルから」
横目でジロっとにらみつけると、ゲイルの奴愛想笑いでごまかしていやがった。いつからそんな腑抜け野郎になったんだ。こいつとの決着がついたらすぐにてめえの胸ぐらひっ掴んで首を刎ねてやる。
……って、胸ぐら?
そうか、これならあいつに一撃食らわすことができるかも知れねえ!