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身分証明 2

「冒険者になる方法は2つあるってのは知ってるかい?」

 ムツヤはその言葉を聞いて顔を上げた。するとゴラテはニヤリと笑う。

「そのオークのねぇちゃんみたいに手続きをする方法とあと一つ」

 ここでゴラテは勿体ぶって一呼吸を入れる。その数秒がムツヤにはとても長く感じた。

「冒険者として10年以上活動している奴の推薦状があれば身分証なんてもんが無くてもなれるんだ」

 冒険者になれる可能性があると聞いてムツヤの顔はパーッと明るくなる。モモの方はまだ懐疑心があるようだったが。

「そ、それじゃあお願いします、俺に推薦状を下さい!」

 ムツヤはバッとゴラテに頭を下げる、それを見てゴラテはガッハッハと笑った。

「悪いが、条件がある。3つの内どれでも良い、1つは百万バレシを俺に渡すこと」

 そこまで聞いてモモはため息を付いて話を遮る。

 百万バレシなどという大金を吹っ掛けてくるなんて、この男はこちらを馬鹿にしに来たのか、それとも弱みにつけ込む詐欺師まがいかだと思った。

「ムツヤ殿、これ以上耳を貸すのは無駄です」

「まぁ待て、推薦状を書いて冒険者になった奴が何か問題を起こしたら俺も責任を取らされるんだぞ? これぐらいの金は当たり前だと思うがな」

 顎下に蓄えたヒゲを触りながらゴラテはニヤニヤと笑っている。モモは不快そうにそれを見ていた。

「それだったら別の良心的な冒険者に頼むことにする」

「それも上手くいくかな? ワケありの人間なんてカモにされるのがオチだぞ? それに良心的な冒険者なら目の前にいるだろう」

「それはどこにいるのか教えてもらいたいものだな」

 モモはハッと笑ってゴラテに対し一歩も譲らない。するとゴラテはわざとらしく参った参ったと両手を上げてみた。

「それじゃ2年間『ウソクヤ』の葉っぱをカゴいっぱいに俺に届けてくれ、そうしたら推薦状を書いても良い」

 少しハードルが下がった、ウソクヤの葉は解熱・鎮痛の効果がある薬草だ。森へ入ればそれなりに生えているので難しいことではない。

「2年も待でません! 俺には夢があるんです!」

 ムツヤは少し大きな声でそう言った。その言葉を待ってましたとばかりにゴラテはまた笑う。

「よし、それじゃ取っておきの方法がある。とある森にある『ユーカの実』を俺と一緒に、1ヶ月だけでいい。探す手伝いをしてくれたら推薦状をやろう」

 モモは聞いたことがあった。ユーカの実は万病に効く言われている。それも伝説などではなく実在するらしいが本物は見たことがない。

「冒険者としての経験にもなるし悪い話じゃ無いとは思うんだがな」

「それで、それでお願いします!」

 ムツヤの中ではユーカの実を探すことはもう決定事項らしい。モモはため息が出そうになるが、自分は従者だと言い聞かせムツヤの意見に同意することにした。

「ムツヤ殿がそう言われるのであれば、わかりました」

「決まりだな、明日の5時にこのギルドの入り口に集合だ。ユーカの実が出来る時期は決まっていて、痛みが早いから幻の実って事になってるんだ。俺の調べた秘密の場所ではここ数日で実が成るはずだ」

 そう言い終わった後にゴラテはムツヤに手を差し伸ばして来る。

「改めて、俺はゴラテ・サンドパイルだ。よろしく頼むぞ」

 ゴラテのさっきまでの怪しい雰囲気が急に消え去り、面倒見の良さそうな中年の様になる。何か絶対に裏はあるにせよ、それでモモの警戒心も少しはほぐれたようだった。

 モモとムツヤは宿屋へと戻った。そこで新たな問題に直面した、というよりは思い出した。この部屋にはセミダブルのベッドが1つだけしか無い。

 宿屋のグネばあさんにもう一つ部屋を借りようとしてみたがどこも満室だよと断られる。

「なんだいあんたら、恋人どうしならいいだろう?」

「だーかーらー! それは勘違いでムツヤ殿とはそういう関係ではない!」

「どっちにしろ良いじゃないかい、細かいことは」

 ヒッヒッヒと老いた魔女みたいにグネばあさんは笑ってまた二人を出迎えた。

「いや、おばあさん。オークと人間は恋愛をしないらしいですよ」

 ムツヤがフォローに入るが、より大きくグネばあさんは笑って返す。

「愛があれば種族も年も関係ないんだよお兄ちゃん」

「そうなんでずか!?」

「もう良いから部屋へ行きましょう」

 そう言ってモモはムツヤの手を引いた、部屋に入るとまたセミダブルのベッドが出迎えてくれた。

「ムツヤ殿、明日は早いですし夕食を早めに食べて寝ることにしませんか?」

「わかりましたモモさん」

 とりあえずモモは問題を先送りにした。夕食も食べ終え、宿屋の小さな風呂で汗を流した。夕日が完全に沈んだ頃に二人は部屋に戻る。

「とりあえず、私は床で寝ますのでムツヤ殿はそちらのベッドをお使い下さい」

 モモは床で寝ることを決めていたが、ムツヤはそれを聞いて驚く。

「いやいや、それだっだら俺が床で寝ますよ。モモさんに悪いですし……」

 モモはムツヤの思いやりは素直に嬉しかったが、今の自分はあくまで従者だと思い直す。

「今の私はムツヤ殿の従者ですよ? 主を床で寝かせるなんて事はできません」

 そんなやり取りが何回か続いた時にムツヤが遂に別の案を出した。

「それじゃあこのベッド大きいですじ二人で使いませんか?」

 それを聞いてモモは顔が赤くなる。ムツヤはきっとただ単純に休みを取りたいだけだと分かってはいるのだが……

「……わかりました、では背中合わせで寝ましょう」

 それを聞いてムツヤは笑顔を作る、二人はベッドに入り部屋の明かりを消した。

 ムツヤは背中から感じるぬくもりが心地よかった。気のせいか石鹸の香りに混じって甘い匂いがモモからしている。

 モモはと言うと心臓がバクバクして必死に素数を数えて落ち着こうとしていた。

 親や妹以外と同じベッドで寝るなんて初めての経験で、しかも相手はムツヤだ。

「あの、ムツヤ殿は本当にあの男の言うことを信じるのですか?」

 気付いたらふとそんな質問をしていた。モモはゴラテの言っていた冒険者の推薦状の事を調べておいたが、確かにそれは事実だったが。

 しかし、あの男が信用に足るとは思えない。

 ムツヤからの返事はなく、まさかと思いそっと顔を覗き込むとムツヤはもう寝てしまっていた。

 少しだけ笑いがこみ上げてきて、その後はムツヤの寝顔をちょっとだけじっと眺めていた。

 さて自分も寝るかと思った瞬間にそれは起きた、寝返りを打ったムツヤがモモの背中に触れるか触れないか辺りまで近づいてきたのだ。モモは頭が真っ白になる。

「おはようございます、モモさん」

 特定の時間になると音が鳴る石でムツヤは目を覚ました。そしてモモを起こす。

「お、おはようございましゅ」

 モモは寝たというのに何故かあまり元気そうではなかった。胸の高鳴りのせいで中々寝付けず寝不足になってしまったのだ。

「モモさん大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です!」

 二人がホテルのフロントへ行くとグネばあさんが「寝不足かい? モモちゃん」と言い、またモモは顔を真っ赤にして否定をしていた。

 約束の時間、二人は冒険者ギルドの前でゴラテを待つ。二人が到着して数分ほどでのっしのっしとあの大男が歩いて姿を見せる。

「よっしゃ、それじゃあユーカの実を探しに行くか」

「はい」

 ムツヤは嬉しそうに返事をするとゴラテと一緒に歩き始めた。ゴラテの大きな歩幅に合わせるために二人は少し早歩きになる。

「あのー質問いいですか?」

「なんだ?」

「冒険者ってやっぱ依頼でモンスターを倒したり、冒険してお宝を探したりするものなんですか?」

 ムツヤはずっと聞きたかったそれを質問した。隔離された田舎に住んでいる時からずっと大冒険に憧れていたからだ。

「まぁーその認識で間違いねぇよ。それより俺から今回の事について説明させてくれ」

 そう言うとゴラテは懐から地図を取り出した。

「ここから6km離れた山奥で今年は見つかったらしい」

「疑問なのだが、本当に実在するのか? その幻のユーカの実ってやつは」

 モモにはそのユーカの実が絵本や夢物語に出てくるような物に聞こえて仕方がない。

「実在はする、めったにお目にかかれないがな」

 ゴラテの返事は曖昧なものだった。モモの疑心は強くなる。

「ユーカの実は幻だのどんな病気にでも効くだの言われているが、実際はそこまでの効果を持っていない。そして幻ってのも、ただ傷みやすくて市場に並ばないだけだ」

「ならば何故そんな物が必要なんだ?」

 モモはまだこの男を完全に信頼していない。少しでも怪しい回答があったらムツヤを引っ張ってでも帰るつもりだ。

「急ぐぞ。途中の休憩で話してやる」

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