第202話 『男の娘』降臨
「おはようございます!」
元気のよいアンの声が機動部隊の詰め所に響いた。そして室内の視線が入り口に集まると同時にそのすべてが凍り付いた。
そこにはアンが立っていた。ただその姿に視線が凍り付いた原因があった。
アンは女子の制服を着ていた。
「アン!なんでテメエが女子の制服を着てるんだ!」
最初に叫んだのは予想通りかなめだった。これ以上異常なものを受け入れるのは御免だと言う感情がその言葉の端々からにじみ出ていた。
「管理部の人に女子の制服が欲しいと頼んだら、白石さんと言う方から『アン君になら似合うかもね』と言って渡されました。どうですか?似合いますか?」
アンはその場でくるりと一回転して見せる。誠から見てもアンは浅黒い肌のボーイッシュな女子隊員にしか見えなかった。
「似合うかどうかと聞かれれば似合うな。私としては個人の趣味に干渉するつもりは無い」
この状況をいち早く受け入れたのは意外にも一番常識がありそうなカウラだった。誠にはそのことに驚くと同時に、アンの甘い視線が自分に向けられていることに寒気を感じた。
「神前先輩……神前先輩はどうですか?僕、似合います?」
女子の制服のままアンは誠に向けて歩み寄ってくる。
「あ、っ、その、あっ、似合うんじゃないかな。うん、似合うと思うよ。うん」
ついそう言ってしまう自分の弱さを責めながら誠は動揺を隠しきれずに目を白黒させて椅子の上で立ち往生した。
「そうですか。神前先輩にそう言ってもらえると嬉しいです。クバルカ中佐、この格好で勤務してもよろしいでしょうか?」
相変わらず朝から将棋盤に集中して周りの異常な状態から逃避していたランに向けてアンはそう言い放った。
「まーいーんじゃねえの。あの白石さんがいーって言うんだ。どんな格好でも仕事さえちゃんとしてくれればアタシとしては文句のつけようがねー。アタシは個人の趣味に干渉する度量の小さな上司じゃねーんだ。それにアンの事を言い出したらかえでの制服も変えさせなきゃいけなくなる」
その場をごまかすためだけにランは無責任にそれだけ言うと現状から逃げ出すためにやっていると分かる詰将棋の問題集を見つめながら飛車を手に長考に入った。
「はい!僕はがんばりますから!みなさんよろしくお願いします!」
確かに女性なのに男子の制服を着ているかえでと男性なのに女子の制服を着ているアン。この状況はバランスが取れていると言えば取れている。誠はそう思い込むことでこの『特殊な部隊』がさらに『特殊な部隊』になっていく事実を受け入れようと必死だった。