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第194話 最下級の『女郎』の悲劇

「いや、それにしても、ここは良い店だ。お姉さまに庶民の店と聞いた時はリンと出会った岡場所の女郎屋のようなところを想像していましたが……まず、殺伐としていない。人情と言うものを感じる。庶民の店と言うものも良いものです」

 かえでは屈託のない笑顔を浮かべてそう言った。

「『女郎屋』?」

 誠にはかえでの言う『女郎屋』とか『岡場所』と言う言葉の意味が分からなかった。誠は乗り物に弱い『もんじゃ焼き製造マシン』体質の持主で、甲武国などと言う星間シャトルはもちろん電車でも酔う体質だった。当然、旅行の経験もなく、かえでの住んでいた甲武国とは無縁な生活を送っていた。

「神前に説明してやる。甲武では売春は合法だ。ああ、東和でも湾岸部に浮かんでる『租界』の中は東和共和国の法律が通用しねえから平気で売春をやってるけどな」

 かなめは暗い調子でそう言った。かなめは以前、その『租界』を中心とした地点の薬物や密輸品の利権をめぐるマフィアや各国軍特殊部隊の抗争劇『東都戦争』に参加していたと聞いていた。その際、身分を偽るために娼婦として身体を売っていたこともあることも誠は知っていた。

「あの国では国の決めた『遊郭』では合法的に売春が行われている。しかしだ、平民にそんなところに行ける金なんて有るわけがねえ。そこで非合法の『岡場所』には最下級の娼婦を集めた『女郎屋』があるんだ」

「やっぱりそこでも平民はのけ者にされるんですか……でも売春はヤバいでしょ?」

 誠は純情なので平然と売春を語るかなめに少し違和感を感じていた。

「『遊郭』の花魁もほとんどが平民出身だ。あの国では人身売買も合法だからな。人の命も金で買える……それがあの国だ」

 相変わらず平坦な口調でかなめはそう言った。

「中でもさっき言った非合法の『岡場所』の『女郎』の扱いときたら……まるで人間のやることじゃねえ。女郎が性病に罹ろうが客にいたぶられようが死のうが関係ねえ。無縁墓に捨てられてポイ。それがあの国の最下級の生活って奴だ」

 かなめは吐き捨てるようにそう言って、視線を黙ってかなめの事を見つめていたリンに向けた。

「渡辺さんよ……あんた、『岡場所』で女郎をしてたそうじゃねえか。密売モノの『ラスト・バタリオン』どんな扱いを受けてたか。大体の事はアタシにも想像がつく。言いたくなかったら言わなくても良いんだぜ。それはアンタのせいじゃねえ」

 自分を見つめてくるリンにかなめはそう言うと再びグラスを傾けた。

「そうです。当時、私は『ラスト・バタリオン』に施される『従属本能』に支配されていました。客の言うことなら何でも聞きました。一度に十人の客の相手をさせられることもありました」

 初めて聞くリンの自分語りとその内容の壮絶さに誠は絶句した。

「一度に十人……そんなエロゲじゃあるまいし」

 誠にはそう言って誤魔化すことしかできなかった。命を金で買える国。確かに東和共和国でも金で高度な医療を受けて長生きする人間は居るが、そこまで甲武が命が軽い国だと言う事実に誠は衝撃を受けていた。

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