第186話 ただひたすら謝る
それから30分後、隊長室ににノックの音が響いた。その30分間はひたすらかなめにしては珍しい冷静な嵯峨批判とかえでの異常性の説明が長々と続いていた。付き合わされる誠もカウラもさすがにその状況には飽き飽きしていた。
「叔父貴、誰か入って来るぞ」
かなめが声をかけるが嵯峨はいつもは無駄な発砲を説教する相手のかなめに一方的に説教されている状況の中、完全にいじけ切って黙って机の上に積もった埃でなにやら絵を描き始めていた。
「どうぞ!」
何時までもウジウジと端末のキーボードをいじっている叔父を見限ったようにかなめは大声で怒鳴る。そしてそこに入ってきたのはかわいらしいクバルカ・ラン中佐の姿だった。
司法局実働部隊の指揮官待遇のランが冷たい目線で嵯峨を見つめながら部屋に入って来た。その後ろからはこれも鬼の形相の嵯峨の娘である法術特捜主席捜査官嵯峨茜警部が続いていた。
その視線が冷たく刺さるのを感じているらしい嵯峨が突然立ち上がった。
「クバルカ。まず言っておくことがある!」
突然そう言った嵯峨に一同は何事かと驚いたような顔をした。誠も指揮官達と嵯峨の顔を見比べながら何が起きるのかと目を凝らした。
「ごめん!俺の実力不足だ。かえでの配属は防げなかった。お前さんは反対してたよな?いくら実力があってもあれは問題児のレベルが違って扱いかねるって」
嵯峨の言葉でランはかえでの人事には反対していたことを誠達は知った。
「謝られても……もう決まっちまったことだ。気にすんなよ。あるものを使うのが遼州人気質だろ?」
そう言うランの目は笑っていなかった。
「それが気にすんなよって面か?『全責任を負わされるアタシの身にもなって見ろ』って顔に書いてあるよ」
嵯峨の指摘の通り、ランの表情にはそれ以外の感情は浮かんでいなかった。
「でも、どうなさるの?かえでさんの甲武での悪行。伺ってるわよ。『マリア・テレジア計画』……ここ東和でも同じことをされたら、最悪司法局実働部隊解体なんて話もあり得るんじゃなくって?」
怒りに任せてまくし立てる娘を嵯峨は手で制した。
「それは無いな。アイツの悪行を煽った張本人である康子
嵯峨はそう言ってなんとかその場を収めようとした。
「その『多少の変態行為』が問題なんだ。それにその様子だとそれも収まるような感じだって隊長は言いてーみてーだな」
親子喧嘩に割居るようにランは嵯峨に向けてそう言った。
「そうなんだよ……あてはあるの。まあ、それもすべて神前。お前さん次第ってとこかな。義姉さんが言うにはお前の母さんとお前さんとかえでを『許婚』にしたって話じゃないの。さすがに嫁入りしたとなったら大人しくなる……かもしれない」
嵯峨はそう言うと静かにタバコに火をつけた。嵯峨の言葉にこの場にいる全員の視線が誠に集中した。
「それは母さん達が勝手に決めたことです!僕は知りませんよ!隊長、なんでも僕に振らないで下さいよ!」
反射的に誠はそう叫んでいた。かなめの冷たい視線が刺さる。カウラは相変わらずの無表情を変えてはいないがその目は驚きに満ちていた。茜は誠に同情するような視線を送っていた。
「コイツに何ができる。恋愛経験ゼロの童貞だぞ。相手は女を24人も孕ませた色男……じゃ無かった色女相手にコイツがどうできるって言うんだよ。それに『許婚』ったって親が勝手に決めたことだろ?アタシが首を突っ込む話じゃねーが、神前に日野を操縦するような技量はねー!それ以前に神前に恋愛はまだはえー!とりあえず根性を付けて一人前の『漢』になってからまともな嫁を取れ!」
かわいい純粋な部下とランが思っている誠が穢されるかもしれないと言うことにランは不快感をあらわにした。
「さあてね……男と女の関係に他所から口出しするのは野暮のすることだよ。それこそ馬に蹴られて死ぬしかない」
嵯峨はそう言ってまるで誠とかえでが結ばれることが決まっているかのような顔をしてゆったりとタバコをくゆらせた。