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第136話 すべては『駄目人間』の茶番

 これは嵯峨の茶番だ。誠はそう確信した。この混乱は嵯峨の描いたある結果の為の準備段階にしか過ぎない。そう確信すると誠は絶句した。

『なに難しい顔をしてるんだ?ははーん、今頃になってこの作戦はすべて最初から叔父貴が予想してた通りに進んでいることに気付いたか』 

 かなめが口元だけ見えるサイボーグ用ヘルメットの下で笑っている。その様子は誠から見てもかなめがすべてを分かった上で、この作戦に参加していることを物語っていた。

「西園寺さんはいつごろ気づいたんですか?隊長がこの混乱の発生を知っていたってこと」 

 誠の驚きの表情に薄ら笑いを浮かべるかなめを見れば彼女が『駄目人間』の目論見のすべてを最初から理解していたことは鈍い誠にも分かった。

『まあ叔父貴が甲武の殿上会に出るなんて言い出したころからはある程度何かがあるとは思ってたな。まあうちは『近藤事件』については実績があるから。出口の近藤を叩けば当然入り口のカントを叩くってのは当然だろ?あの貴族嫌いの叔父貴が甲武まで出かけるなんて言い出したら、どうせ上空で待機している甲武第三艦隊の動きを止める方策でも考え付いたに決まってるんだ。これで本当の意味で『近藤事件』は解決するわけだ、アタシ等にとってはな』 

 闇の中に吸い込まれそうになるのを感じながらかなめの言葉をかみ締めるようにして誠は前方を見つめていた。

『運がいいというべきかそれとも何かの意図があるのか、それは私も分からないがすべてに自分の手でけりをつけるのは悪くないな。普通の人にはそれは出来ないが、貴様にはそれができる。その幸福を信じろ、神前』 

 先頭を行くカウラの言葉に誠も頷いた。自分が始めた『近藤事件』が生み出した混沌を自分でけりをつける。それは誠にとっても悪くない気分だった。この時代の変化の中心にいる自分と言う存在。これまで無価値だと思い込んでいた自分の存在が『近藤事件』で意味を持ち、今回その事件のすべてを終わらせることで、今の時代の中で本当の意味を持つことになる。その事実に誠は酔いしれようとした。

『おい、神前!アタシだとなんだか腑に落ちない顔してカウラだと納得か?ひでえ奴だなオメエは。そんなにアタシは信用置けねえのか?まったく、カウラは『パチンコ依存症』って言う精神病を病んでる患者だぞ。その言うことは聞いて健全なアタシの言うことは……まったくやってらんねえぜ』 

 誠の顔が笑顔に変わったのを見てかなめがそう叫んだ。ただ、誠はかなめも十分『戦闘依存症』の患者で正常とは言い難いと言いたい衝動に駆られたが、あとで射殺されることは間違いないのでその言葉を飲み込んだ。

「そんなつもりは無いですよ!西園寺さんの言うことももっともだと思いますよ!近藤の手の者として働いたことのある西園寺さんならではの鋭い考察だと思っています!」 

 とりあえずこの場は誤魔化そう。本心を悟られてはならない。そんな誠の防衛本能がそう言わせていた。

『西園寺さんの言うこと『も』?やっぱりアタシはついでかよ……!まったく人の事を何だと思ってんだ』 

 そう言って緩み切っていたかなめが急に表情を変える。そして誠の全周囲モニターに飛翔するかなめの機体の姿が飛び込んできた。

『敵機か?意外と早くのご登場じゃねえか。敵にも頭の回る奴がいたか』 

 闇は瞬時に火に覆われた。パルスエンジンの衝撃波を利用してミサイルを誘爆させる防衛機構であるリアクティブパルスシステムで未確認機から発射された誘導ミサイルが最後尾を守るかなめ機の周囲で炸裂していた。

『各機!状況を報告』 

 落ち着いたカウラの言葉に火に包まれた誠は正気を取り戻した。

「アルファー・スリー……異常なし!」 

『アルファー・ツーオールグリーン!ってレーダーに機影が無いってことは車両か……それとも自爆覚悟の防御陣地か?』 

 ロングレンジレールガンを構えながら先頭に着地してかなめは周囲を見回した。誠も全周囲モニターに映る小さな熱源が動き回っている有様が映し出されていた。拡大してみれば小型の車両の荷台に不釣合いに大きな荷物を積んでいる不整地用トラックの姿が確認できた。その荷物がおそらく小型地対地ミサイルであることはすぐに分かった。

『まずいぞこれは反政府軍の時間稼ぎだ!連中、自爆覚悟で攻撃してきた。全く殉教者気取りの馬鹿はこれだから面倒なんだ。アルファー・スリー。先行しろ!貴様が目的地点に到着しなければすべてが水の泡だ!アルファー・ツー!援護だ。貴様のサイボーグの視力ならあの小さい目標を叩ける』 

 カウラはそう言うと後詰に回った。

『はなからアタシに任せりゃ良かったんだ。とっとと片付けて酒でも飲もうや。トラックなんぞにレールガンは無用だ。対人兵器をばらまきゃそれで終いだ』 

 そう言うとかなめはパルスエンジンの出力を上げてトラックの群れに突撃していった。

 誠もこの時間との戦いに遅れまいと機体を軽く浮かせた状態でかなめ機の後ろを疾走した。

 予定された時刻まであとわずか。時間だけが無意味に過ぎて行った。

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