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継承

化け物の始末、あっけないほど短時間で終わっちまった。

ひとりで片付けたナウヴェルが言うには、化け物には頭部が存在しない。ゆえに考えることができないらしい。

んじゃ、奴らはどーやって戦っているか。

……そこら辺に関してはナウヴェルも「見当つくだろ」とあっさり退けたし。まあそうだろうな、こうやって俺らに危害加えまくる連中なんざ一つしか答えは存在しないし。

で、頭が無いからたとえ五体バラバラになろうが指一本だけになろうがしぶとく敵に立ち向かってくる習性なんだとか。

そう、すべては先代のラウリスタが教えてくれたことだ。

完全に倒すには、指先に乗っかるくらいの欠片にしちまうか、あとは溶かすか燃やして消し炭にするしかない。



俺たちはいま、それをせっせとやっている。

前に話した「掃除」を残ったみんなでやって、ナウヴェルが戦い終えた残骸から鎧を丁寧に剥がしとり、残った気持ち悪い肉片にありったけの油をぶっかけて……ひでぇ臭いと煙だ。イーグなんかもう吐きそうな顔でぼやいてるし。



さて、ずっと行方知れずだった連中だけど。

マティエは半狂乱になって姿をくらましたチャチャを追った時、坑道の崩落に巻き込まれたそうだ。

大したケガはない……とは言ってるけど、発見された時は岩に足を挟まれてて歩くのにも辛そうだったから、大事をとってこの街でしばらく休むことにした。

当のチャチャだが、気絶させたことで頭にデカいたんこぶができてる以外は無傷だった。

つーかあいつ化け物一体誰の助けも借りずに微塵切りにしてたぞ!?

とりあえずあいつには気をつけた方が良さそうだな……いや、どうせここでお別れだとは思うが。



でもってジールは……というとずっと様子が変なんだ。

途中で助けた爺さんとなにやらずっと話してたみたいなんだが、それ以来なんか、遠くをずっと見つめてて、悲しそうな顔で。

まあ、女がよそよそしい態度取るときはそれなりの理由があるってトガリが昔話してたっけか。聞かない方が花って時もある。なにが花なんだかは俺にも全然だけど。



それとジャノ。あいつが一番問題だ。

なんでも数ヶ月に一度、高熱を出した後は獣人の姿になってしまうんだとか。つーか聞いてねえし! なんでそんなやべえこと俺に秘密にしてたんだ!

「いいじゃん別に。そういう体質だってあるんじゃねえの?」ってジャノのやつはあっけらかんと話してた。いいのかアイツそれで。

でも……このことは他の人には絶対話さないでと釘を打たれたことも確かだ。

そうだよな……人間が獣人に変身するだなんて見たことも聞いたこともないし。俺が真っ先に他の連中に口外すること自体がそもそも危険なことなんだろう。きっとそうだ。

ちなみに、また一週間くらいすれば人間の姿に戻れるらしい。

だが、その際に全身が激しく痛むってあいつは言ってた。

身体つきが変わるからな……その反動で激痛に見舞われるんだとか。



そうだ、エッザールなんだが……ちょっと深刻な事態になっちまった。

あいつが捕えられた時に剣から盾から身ぐるみ剥がされてしまったんだが、どうやら……マシャンヴァルの雑兵どもの武具にされるためにまとめて溶かされたらしい。

ちなみに証言したのはラウリスタ。紋章付きの剣を炉にぶち込んだって話してたから間違いはないだろう。

ガンデからその話を聞いた時、膝から崩れ落ちてたしな。

そういえばあいつの装備って、由緒正しい、親からずっと受け継がれてきたものだっていうから……ショックは相当なものだ。



ということで、マティエとジャノの回復を待ってる間……うん、ずっと俺はヒマを持て余していた。チビもいい遊び相手のジャノがまた倒れたってことでふてくされていたし。

なもんで俺はイーグやチャチャと一緒に街の連中と復興の手伝いに明け暮れる毎日、そんな時だった。



「ラッシュさん、ナウヴェル師匠がお呼びです」

俺のもとに来たガンデは、めちゃくちゃ深刻な顔をしていた。

☆☆☆

ナウヴェルのやつ、戦いの後ずっと姿を消していたんだが一体何やってたんだ? 道すがらガンデに訊ねると「師匠が、継承に立ち会ってもらいたいとのことです」だとか。

「弟子である私ももちろんですが、ラッシュさんにはお世話になったからって。本来なら禁止されてることなんです」



継承……ああ、ラウリスタの名前のことか。きちんとした武具を造るためには名前とか継がなきゃならねえんだっけ。なんかいろいろ面倒だな。

なぁんてぶつくさ話してたら、ガンデもくすくすと笑ってた。

「けど、名前だけじゃないんですよラウリスタとは」

詳しいことはナウヴェル自ら話す……そんな話をしているうちに着いた場所は街外れ。確かにナウヴェルほどの体格でなきゃ生活ができないほどの巨大なレンガ作りの家が、目の前にどんと現れた。もちろんここがあいつの新しい工房なんだとか。



全てがサイ族の寸法に合わせられた巨大なドアをよっこらせと開けると、一瞬にして汗が流れ落ちるほどの熱い空気が俺を包んだ。

生活感ゼロの殺風景な居間を抜けた先に案内されると、そこが師匠の部屋……とはいっても恒例のハンマーの音なんか聞こえてこない。逆に足元にはおびただしい血を拭き取った跡が続いてるし!

なんなんだよオイ、あいつ部屋の奥で死んでるんじゃねえのか?



「安心しろ、私のではない」

突然、背後からナウヴェルが話しかけてきたから思わず悲鳴を上げそうになっちまった。しかし誰の血だこれ、ガンデのでもねえし。

「前ラウリスタのものだ。とはいってもお前は奴の顔すら見てないまま……だったな」

「ンで、そいつを殺して継承……とかか?」

「そんな簡単ではない」

相変わらず言葉少なな物言いだ。まあこれは後から聞いた話だが、サイ族ってのは総じてこういう簡潔にして直接的な会話しかしないらしいけどな。



工房の奥にはめらめらと炎をたたえている炉と、側には……なんか小さな桶が置いてあった。

中を覗きこむと、赤々と……ではなく、真っ黒な熱い融けた鉄だった。

「それがラウリスタだ」とナウヴェルが言うものの、全くピンと来ない。

「えっと……私から説明します。つまりラウリスタとは……」



創り出す、己の腕そのものを指す。

つまりそれは、鐡の腕という意味……そう弟子は分かりやすく解説してくれたはいいが、やっぱり分からんし。



「んーと、つまりはこの融けた鉄をあんたの腕にでも塗りたくるってことか?」

「ええ、それがラウリスタ継承の儀なのです」

なるほど……ってえええええ!? バカいうな! 火傷どころじゃねえぞこれ。これって触れちまったら瞬時に皮も肉も骨までも煙になっちまうくらいの熱さだろうが! なに考えてるんだ!



「だからお前を呼んだんだ。一番信頼できる仲間を」

と、あいつは岩のような手を俺の肩に優しく置いた。

「もし、この熱さに私が耐えきれなかったときは……」

ぎゅっと、その手のひらに力がこめられた。

「数多のラウリスタの魂が認めてくれなかった結果だ。その時はこの私の命を断て。お前のその手で」

これは……と、ナウヴェルは小さな声で俺に言う。

「我が一族の連綿たる記憶であり、技術でもある。つまりこれこそがラウリスタなのだ」

いまからこの融けた鐡の中にナウヴェル自らの両腕を漬ける。認めるかどうかは鐡そのものが決めるんだそうだ。なんていうかすげえ鉄だな。

ナウヴェルが新たなラウリスタとして認めてくれれば、この鐡は身体の一部となるんだそうだ。だがもし、拒まれたら……?

「我が心の臓を熱く食い融かす……だから私が苦しまぬうちにとどめを刺してもらいたいのだ」

普通のやつならこの時点でナウヴェルを止めるかもしれねえが、俺は俺だ。この石頭の覚悟くらい誰よりもよく分かっているつもり……だ。だから止める気なんて毛頭ない。分かった、と俺はガンデから肉厚の刃のナイフを受け取った。これくらいのナイフでなければこいつの身体を貫けない。つまりは頑丈すぎるほどに頑丈なんだ。



……っと、つまりは床のすげえ血痕は、前任者のってことなのか?

「ああ、ワグネルは全て剥がしとった……何も言わずにな。さて……」

すうぅ……と大きな深呼吸をして、ナウヴェルは一気に鐡の池に両腕を突っ込んだ。いきなりかよ! なんか言えよ!

両肘くらいまでだろうか、ブスブスと肉の焼ける臭いが俺の鼻をついた。

熱湯風呂に入るのとはワケがちがう。これは腕をもぎ取るようなものだ。瞬く間にナウヴェルの目から、耳から、そして身体の皮膚の継ぎ目からも血が流れ出てきた。

「ぐぉぉお……っっっ!」

食いしばった口元からも血が滲み、両肩がわなわなと震えだす。そうだ、ナウヴェルはいま己の全てと対峙しているんだ。一族の過去に。

樹が水を吸うように、融けた鐡は腕の血管に入り込み、それらはまるで生きているかのように、あっという間に身体へと昇っていった。

「ナウヴェル師匠……!」ガンデもどんな声をかけていいのか迷っていた。

わかる。こんな時にがんばれなんて馬鹿な言葉をかけても無意味だしな。だから俺も言い出すことはできなかった。

思う言葉はひとつだけ。

「俺の手を汚させるんじゃねえぞ」と。



「うおおおおお!!!」

どのくらいの時が過ぎただろうか。いや、まったく経っていなかったかもしれない。

俺たちの耳をつん裂くような大きく震える声とともに、あいつは……ナウヴェル・ラウリスタは勢いよくその両腕を引き上げ、そして天へと掲げた。

石の桶にはもう、あの融けた鐡は一滴も残されてはいなかった。

すべては……そう、身体の一部となったんだ。

「よかった……認めてもらえたのですね!」涙を浮かべたガンデが握りしめていた両拳をゆっくりと解いた。

俺も……ああ、胸に手を当てるとすげえ早鐘を打っていたし。



「ありがとう……二人とも、礼を言う」

ラウリスタの魂が認めてくれたのか……だから生きて帰れたってことだ。



よく見るとナウヴェルの両腕は、漬かった部分から一回り大きく太く、そして溶岩のような色となっていた。まだその部分からは白い煙が立ち上っている。

「ああ……この腕が。もう熱いままだ、戻ることはない」

「こんだけ熱いんだったら、振り回すだけで武器いらねえくらい強い武器になると思うんだけどな」


ナウヴェルは「違いない」とくすっと笑みを浮かべてくれた。

まるで火山の溶岩の手袋を身に付けたようだった。

両肘あたりまで覆われたその手袋……いや、ちょっと大きいから腕鎧かな。ずっと煙を上げ続けていて、こりゃ日常生活にも苦労しそうだってイメージしかなかった。



さて。これでナウヴェルはラウリスタになれたということは分かったにしても……だ。この腕にいったい何の意味があるんだ?

えっ? とあっけに取られた顔でガンデは俺の顔を見てる。

「ええと、つまり、この腕が……」

「いいさガンデ。こいつには口より目で直接解らせる方のが手っ取り早い」とナウヴェルが口にするやいなや、いきなり真っ赤に燃え盛る炉の中に左手を突っ込んだ。だがあいつは熱さに顔をしかめることもない。

なるほど……そういうことか!

あいつが炉の奥から取り出したのは、まだ形状すら成していない赤熱したままの鉄の棒、それを……!



あろうことか、己の拳で直接叩き……違う、鍛えたんだ。

そうだ、これはすなわちナウヴェル……いや、ラウリスタの両腕を手に入れることが出来たからこそ成し得た技!

ハンマーもなにも必要ない。それを自身の手で取り上げ、さらには燃える繊細な手指で鍛え、造り上げる……

「なるほどな、自分の手だけで全てできるってことか」

「ああ、だがこの両腕を持ってしても、大ラウリスタの力には遥かに及ばぬ」

後から聞いた話だが、初代ラウリスタ……けどあいつは敬意をもって大ラウリスタと呼んでるんだが。

つまり千年以上前の神代の時代にその銘を受けたサイ族のお偉いさんは、なんと全身が赤熱する鉄に包まれていたんだそうだ。つまり鉄鉱石さえあればいつでもどこでも武具を造り出すことができたらしい。すっげえ便利な身体だったんだな。

ちなみに先代のラウリスタ、いや、今はワグネルだったか。あいつの胆力を持ってしても左手に鐡をまとわせるのが精一杯だったらしい。

ナウヴェルに全てを譲ると約束したワグネルは、左手を切り落としてこの場を去ったそうだ……床に広がる血痕はあいつのだったんだ。



だが、と一拍おいてナウヴェルは俺に言った。

「私はまだあいつを許したわけではない。それにあいつも全てを捨てたわけではない」と。

あいつは絶対にこの世界に対して復讐を企てているに違いない。つまりは……

「きっと、あいつはマシャンヴァルに身を置くだろう……ラウリスタを手放したとはいえ、継承された記憶そのものは刻まれている。きっとまた新たな力を得る……その時は」

ナウヴェルはぽん、と俺の肩に手を置いた。



「いかなる理由であっても許すな、一息にあいつの命を断て」



いや、その……ナウヴェル……
俺の肩の毛が焦げ……ぎゃああああああああああああ!

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