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第103話 時間だけがすべてを解決する

「しかし……いつまでも貴様に独身でいられると俺や茜の身が持たない。なんとかならんのか……と言っても無理か。貴様はエリーゼさんにぞっこんだったからな。忘れられねえんだろ?彼女の事を」

 嵯峨の部隊での『駄目人間』ぶりを娘のかなめから聞いている西園寺は、安酒を煽る嵯峨に向って真面目な顔をしてそう言った。

「まあ、あの『悪女』に引っかかったのが俺の運の尽きですよ。それもようやく思い出になるかもしれない……と思いたいですね」 

 嵯峨はコップを畳の上に置かれた盆に置くと、再びタバコに火をつけた。

「おう、思い出か?そりゃあ良い事だ。それでどうなんだ?安城少佐との関係は……」 

 西園寺義基の顔が微笑みに満たされる。その娘、かなめとよく似たタレ目を見つめると、つい嵯峨は本気の笑いに飲み込まれていった。

「よしてくださいよ。彼女とはただの同僚です。いや、俺としては同僚以上の関係になりたいが向こうにその気は……俺は遼州人なんでモテないんで」

 そう言うと嵯峨は静かにタバコをふかした。

「何を言うか。エリーゼさんはきっちり落としたじゃないか。まあ、彼女は同時に五人の男と付き合っていてたまたま子が出来たのがお前さんだったと言うのが本当のところだが」

「よしてください!その話!俺が馬鹿みたいじゃないですか!俺だっていきなりDNA鑑定書を突き付けられて『あなたの子供が出来たの。結婚して』なんて言われたんですよ。普通プロポーズってのは男からするもんでしょ?それをまあ……恥ずかしいやらなんと言ったらいいやら」

 いつもならからかう立場の自分がからかわれている事実に当惑して嵯峨は苦笑いを浮かべた。

「それよりこっちの春菊。苦くなる前に取っとけ」 

 そう言って西園寺義基は春菊を取る。嵯峨もそれに合わせるように春菊と白滝を取り皿に移し変える。弟のその手つきを身ながら西園寺義基はちゃぶ台に取り皿と箸を置くとゆっくりと話し始めた。

「まあ、お前さんも日々明るくなってきている。ここまで来るのに二十年だ。でもなあ、俺の苦労もわかってくれよな。今回のお前のわがままを通すのにどれだけ俺が苦労したか嵯峨家を辞めて本格的にこの国と縁を切りたいだなんて……そんなにこの国が嫌いか?」 

 西園寺義基の言葉に嵯峨は思わず目をそらしていた。

「そうか、嫌いか。仕方ないか」

 その嵯峨の嫌いな国の宰相を務める西園寺義基はため息をつきながら肉を頬ぼった。

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