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第104話 『官派』と『民派』の対決

「それにだ、四大公の籍を抜くってことの意味はわかってるだろ?議会やら野党やらがお前さんが今後どうするかってことでいらん憶測が流れて困ってるんだ。自分のケツくらい自分で拭けよ。俺は知らんぞ」 

 実際『殿上会』では嵯峨の法術を恐れて刀を抜く者は居なかったが、衆議院と貴族院は嵯峨の四大公家をかえでに譲ると言う件に関して相当に揉めたのは事実だった。

 初めは『悪内府』と呼ばれて甲武を離れても睨みを利かせている嵯峨が力を失うのではないかとの憶測から『民派』の貴族達が次々に西園寺の下を訪れて泣き言を繰り返していた。

 それがひと段落すると今度は『官派』の貴族達が四大公の身分を捨てて自由になった嵯峨が何かを企んでいるのではないかとの憶測から、嵯峨の隠居に反対する法案を衆議院、貴族院に提出し、それが否決されると内閣不信任案を提出すると言う混乱状態に陥った。

 そんな政治的混乱を分かった上でいつもと変わらぬ抜けた笑顔を浮かべて嵯峨はタバコをくゆらせていた。

「そのくらいのことは分かってますよ……俺の復位は無いですよ。……遼帝国ですが、そっちの方はあの国が勝手になんとかするでしょ」 

 嵯峨は兄の言葉を聞きながら春菊を頬張った。

「今回の殿上会前の国会だって九条の嬢ちゃんの取り巻きが騒ぎ立てて大変だったんだぜ……オメエのことをいちいち調べて回ってる連中が多くてな……困ったもんだ。ただ、九条の嬢ちゃんは意外と俺とは意見が合ってね。今の甲武の現状についての認識はほぼ一致していると言っていい。取り巻きの『官派』の連中の顔を立ててその領袖を演じてくれているんだ。今の状況は俺にとっては最高に都合のいい状況だ。また『官派』の士族共に反乱を起こされたらたまったもんじゃねえ」 

 西園寺義基はそれだけ言うと静かに自分の猪口に酒を注ぐ。皇帝のいない帝国。『鏡の国』と言う現状に不満を漏らす民が多くいることは噂では聞いていた。そこに現座は行方不明とされている遼帝国皇帝、献帝(けんてい)が舞い戻るのではないかとの憶測は甲武にも常に流れていた。

 元々自国に敵の多い嵯峨が四大公家に君臨することを恐れる勢力による宰相西園寺義基への圧力を想像できないほど嵯峨は愚かでは無かった。だがそれを(てこ)にどう動くか。政治的位置の違う兄弟のいざこざをこの十年余り繰り返している弟を見ながら西園寺義基は諦めたようなため息をついた。

「九条の嬢ちゃんは苦労人だからね……九条家の分家は本家からかなりひどい扱いを受けていたらしい。そこで常人なら『我が世の春』と家督相続と同時に『官派』の取り巻きを利用して偉ぶるんだが……そう言うところが無い。できた御仁だよ、まだ若いのに」 

 西園寺義基はそう言うと再び取り皿を手に取った。嵯峨は自分の皿に取り置いていた安い肉をゆっくりと口に運ぶ。

「肉ばかり食べるなよ。焼き豆腐。もういいんじゃないのか?」 

 西園寺義基はそう言うと鍋の端に寄せてあった焼き豆腐とねぎを自分の取り皿に盛り上げた。そしてその箸がそのまま卵に絡めた肉に届いたときだった。

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