湿原の怪物 その5
ぶっ!
怪物の足音が止まって一安心、と油断したそのときだった。
「……おい、いまオナラしたろ」
俺の隣にいたイーグからでけえオナラの音が。
「え、バレた?」
両脇にいる女たちは、もう軽蔑にも似た目で俺たちの方をじっと見ている。
いや俺じゃないって! 犯人はイーグだ! つい俺は大声で釈明しちまった……が、もう遅かった。
「離れろ!」マティエが大急ぎで俺の首根っこを掴み、一斉に放り投げた。
直後、俺たちが身を隠していた倒木が、乾いた音とともに砕け散った。
迂闊だった、奴はすでに俺たちの真後ろにいたんだ……
「な……なんだこいつ!?」
怪物の巨体を目の当たりにしたイーグが、驚愕にも似た声を上げ……いや、イーグだけじゃない、マティエも、そしてジールもだった。
それはダジュレイの時とはまた違う姿形。俺たちのような手足が付いて、そして頭があって……なんて法則を完全に無視していたんだ。
ナウヴェルをはるかに超える身の丈、しかしそこには頭部に相当するものが存在していない。巨大な肉の塊から、同様に丸太のような太い腕が生えている、だが指は無く、鉄球のようなものが手の先にめり込んでいた。
「死体の塊……だと?」
そうだ、あのマティエですら槍を握りしめた腕が小刻みに震えるほど。恐らくは畏怖だろうか。
俺もだ。初めて見るその奇怪な塊に、冷たい嫌な汗が背中を伝っていくのが感じられた。
大量の人間の身体を固めて、不恰好な人の姿を形成している。
それらを固定するかのように、まるでほころびた服の継ぎ当てのように板鎧が全身くまなく釘で固定されていた。ところどころ鎧の隙間からは、かつて人間の一部であった手足たちが力なくはみ出し、あるいはぶらりと下がり落ちていた。
誰かが造ったんだ。この不快極まりない姿をした怪物を。
だけどどうやって……いや、そんなことはどうだっていい。
目も耳も付いてないその死体の塊は、いま明らかに俺たちのことをじっと「見て」いるのだから。
「俺が足元に切り込む、イーグは奴の後ろに……」と言い終える間にあいつは足音ひとつ立てずに姿を消していた。ジールも同様。恐らくは奴の背後から機会を狙って潜んでいるだろう。
いま、怪物と対峙しているのは俺とマティエの二人。ああそうだ、マジで噛み合いたくもないとあっちも思っているだろうさ。けど今はそんなこと言ってられないか。
「胴をやる、お前は?」
「足元だ」言葉少なに意見が合致した。
巨大な上半身に比べると、腰から下はアンバランスに小さい、だがそれでもきっちり立っている……ますます不思議だ。だからマティエはそこに斬り込んで突き倒そうって考えだ。
て俺は逆に、あの身体に何が詰まっているのか知りたかった。
怪物が鉄球の埋め込まれた右腕を大きく振り上げた、今だ!
「行くぞ!」
マティエの合図とともに奴に向かって走り出し、俺は大斧を鎧の上から叩きつけ……
って、あれ……?