親方の鉄拳制裁
こんなことしたくなかった、が……
「親方、こんなこと言いたくなかったが」と。何度も親方にはゲンコツ食らったり、耳が千切れそうになるくらいの声で説教を受けたことはある。
だけど今は話が別だ。
「親方、子供作ってからダメな男になったな」
「ンだとぉ!?」俺の一言に親方の血が一気にのぼった。売り言葉に買い言葉だ。
「おうよ、アタマに来たか? だったらいつもの親方みてえに殴り飛ばしたって構わ……ぶほっ!」
言い終わらないうちに、大きな岩が俺の顔面にぶち当たった。
だがそんなことで倒れる俺じゃねえ。こんなゲンコツなんて何千回食らったか、もう覚えてもいなかったしな。
けど……なんだっけか。これ夢だろ?俺は絶対に夢を見てるんだろ?
なのに頭ン中を豪快に揺さぶられるほどの衝撃と痛み。
そうだ、これが親方の鉄拳だ。痛えけどすげえ懐かしい。
「クソ犬がぁ! てめえにダメ人間だと言われる筋合いはねえぞ!」
「なぁにが息子を連れ戻して来いだ! いつもの親方なら首にロープ縛り付けても戻してくるだろう……がはッ!」
今度は鼻っ柱に飛んできた。だけどまだまだ平気だ。
「おっ母……いいの? あんな殴っちまって」
隣でジャノが心配そうな顔で俺のことを見ていた。
「大丈夫。あんなのケンカのうちに入らないさ。それにラッシュも殴られるのに慣れてるしね」
ウソだ、全然そんなモンに慣れてるわきゃねえ。だけどここでやり返しちまったら一巻の終わりだ! もっと殴れよ親方!
一方、チビはといえば……震える小さな手で、俺のシャツの裾をぎゅっと握りしめている。だから俺もデカい手で返したさ「大丈夫」って。
「だったら俺にわざわざ頼みに来るンじゃねえよ。まだ脚生えてるんだろ?」
「うるせえこのバカ犬! まだ殴り足りねえか!」
俺はニヤリと笑って返したさ。「全っ然」ってな。
三発、四発とまるで火山弾のように親方のゲンコツが顔面に飛んできた。
なんてこたあねえ、踏ん張れる。まだ倒れるほどじゃない。
「なんでここまで文句言ってンだか分からねえだろ……頭の中に馬の糞しか詰まってねえもんな!」
ぷっと血混じりの唾を吐き捨てた。目の上が腫れてもうまともに見えねえ。
「嬉しかったんだよ……俺は。もう二度と親方のツラ拝めないって思ってたからな」
ふと、殴る拳が止まった。
「ところがなんだ? 久しぶりに会えたのに今度は息子とケンカしただと? 頭下げて俺に頼むだと? ふざけた事言うんじゃねえ!」
飛びそうな意識に無理やり踏ん張りをかけて、いま一度言葉を振り絞った。
「でも、なんか安心したぜ……これだけ俺を殴ってくれりゃあ、いつもの、おやかた、と……」
誰かが、落ちた肩を背中から支えてくれた。これはジェッサか?
「はいガンデ。あんたの負け」
「ジ、ジェッサ……おめえなんでバカ犬の肩を持つんだ?」
「はァ? バカはそっちでしょうが? 確かにあんたは口より手の方が早い。けどね……」
細い手が、俺の頭をポンと叩いた。
「よく見な。これほどまでに殴られて嬉しい顔してるやつなんているかい?」
え、俺……そんな顔なんてしてたか? もうそんなこと全く感じちゃいなかったし。
「ケンカには勝ったかも知れないけど、根性で負けたんだよ……分かる?」
「俺の方が、負けた……だと?」
その言葉を聞いた瞬間、膝からドッと力が抜け落ちた。
「おとうたん!」慌てて、チビがぎゅっと俺の身体を抱き止めた。
「そういうことだよ。ラッシュ……こいつに代わってお願いするけど、いいかい?」
だんだんと、俺の意識が薄れかけてきた。
「バカ息子のこと、よろしく頼むよ」