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第三十四話 おっさんリザードマン、追跡する

「ダンザ様!!!」
「ぬおっ!?」

 乱雑に扉を開く音、それと共に聞こえたヴァルジアさんの声で俺は目覚めた。
 いつも丁寧に音を立てず扉を開くヴァルジアさんが、あんな音がするぐらい雑に扉を開くなんてただ事じゃない。一体なにがあったのか、俺は黙して説明を待つ。

「……お嬢様が……お嬢様が部屋にいません!」
「なっ!? 本当ですか!?」
「ノックしても返事がなく、扉を開くとお嬢様はおらず部屋は荒らされていて……」

 俺は飛びあがり、すぐ隣の部屋に入る。

「ちっ!!」

 つい強い舌打ちをしてしまった。
 床に落ちている本、引いたままの椅子。明らかに女性のモノじゃない靴の足跡。
 状況から見るに、攫われた可能性が濃厚だ。

「これは……」

 テーブルの上、一枚の紙がナイフに刺され固定されていた。俺はナイフを外し、紙を手にとって読む。

『パルリア森林にて待つ』

 ただ一文、これだけが書いてあった。

「パルリア森林!?」

 後ろから、紙の内容を読んだヴァルジアさんが反応する。

「知ってる場所ですか?」
「はい。パルリア森林は背の高い木々で構成された森林地帯で、凶悪な魔物たちが多数存在する魔の森です。立ち入りが禁止されているほどの危険な場所です!」
「文面から見るに、ユウキは何者かの手によってここへ連れ去られたみたいですね」
「まさか! あの森に入って無事で済むはずが――」

 そこでヴァルジアさんはハッとした。

「そうか……お嬢様の体質を利用すれば……!」
「そうです。ユウキは体内の魔神の気配で、一定以上の能力を持つ魔物を退くことができる」

 この攫った奴はユウキの体質を知っている。ユウキの体内に魔神が封印されていることを知っている。もしくは凶悪な魔物すら意に介さないほどの強者。とりあえず今は前者の可能性に絞って考えていこう。
 魔神について知っているのはラスベルシアの関係者だけ……昨日、ハヅキが言っていた左腕の無い男の可能性が高い。
 金銭の要求とか、当主を連れてこいとか一切書いていない。目的はユウキでもこの家の財産でもない……ほぼ間違いなく俺だ。

「ヴァルジアさん、パルリア森林までの地図を用意できますか?」
「はい。いま準備いたします!」
「頼みます」

 コンコンコン! とノックの音が玄関から聞こえてくる。
 こんな時に来客か。タイミングの悪い……。

「私が……」
「いや、俺が行ってきます。ヴァルジアさんは地図の方を急いでください」

 念のため、俺が行くべきだ。もしかしたらまた刺客が来た可能性があるからな。
 玄関に行き、扉を開く。
 来客者は白い髪のボーイッシュな女の子と、赤毛の垂れ目男だった。

「ノゾミちゃんにドクト……」
「おはようございますダンザさん! またお手合わせをお願いしに来ました!」
「俺もついでに手合わせ願いに来たんだが……」

 ドクトは俺の表情をジッと観察してくる。

「何かあったか?」

 俺は顔に出やすい方だ。
 とは言え、それは人間時代の話。表情筋の隠れたリザードマンの表情から心の内を見抜くとは恐ろしいやつだ。
 嘘つくこともない。ここはすぐに帰ってもらうためにも正直に話そう。

「ユウキが攫われた」

 俺の言葉に対し、ドクトも、それにノゾミちゃんも、驚く素振りは見せず冷静な面持ちをする。二人の経験値の高さが伺える。

「相手はわかっているのですか?」
「いやわからない。けど居場所はわかっている。パルリア森林って場所だ」
「おー、そりゃあエグい場所に攫われたな。A級冒険者でも手出しが難しい場所だぜ」
「ダンザ様!」

 ヴァルジアさんが地図を持ってきた。

「……パルリア森林の場所に印をつけた地図です」
「ありがとうございます。ユウキお嬢様は必ず俺が連れ帰るので、ヴァルジアさんは留守を頼みます」
「お願いしますダンザ様。どうかお嬢様を……!!」

 ヴァルジアさんは深々と頭を下げる。

「任せてください」

 ただ一言、そう伝える。

「ダンザさん! 僕もお供します!」
「当然、俺もな」

 ついてくる気満々のノゾミちゃんとドクト。
 やはりこうきたか。だが――残念ながら足手まといを連れていく余裕はない。

「今から全速力で、走ってパルリア森林に向かう」
「馬車は使わないのですか?」
「使わない。()()()()()()()

 俺が言うと、ノゾミちゃんは顔を引きつらせ、ドクトは口笛を鳴らした。

「で、でも、ここからパルリア森林まで40キロはありますよ?」
「問題ない」

 即答すると、ノゾミちゃんはゴクリと唾を飲み込んだ。

「お前たちの厚意は嬉しいが、足手まといは不要だ。俺の全速力についてこれるならついてきてくれ。それぐらいの体力があるなら戦力になるだろ。ついてこれないのなら、置いていく」
「面白れぇ! 生憎、かけっこは得意分野だ」
「僕も、生半可な鍛錬はしていません。足には自信があります!」

 俺は軽く地面をならし、大きく一歩踏み込む。

「そんじゃ、スタートだ!」

 俺は駆け出す。全速力、フルパワーで走り出す。
 ドクト、ノゾミちゃんが俺の背中を追ってくる。
 走りながら俺は自分を責める。これだけの力を得ることができたのに、彼女を攫われてしまった失態……自分の脇の甘さに嫌気が差す。
 待ってろユウキ。すぐに助けに行く。

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