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「レックス小公子様にお手紙です」
「手紙?」
「はい」

 ナイジェルたちの父親より少し年上くらいの年齢のカーマメイン卿は平民だが、事業で成功しジェントルの位を授かり、王宮にも出入りする資格を得ている。
 
「カーマメイン卿がボーイの代わりをするなど、珍しいな」
「たまたま、ちょうどご挨拶をさせていただこうとこちらに参るつもりでしたから、ディクスター様、この度はご結婚おめでとうございます」

 カーマメイン卿はジェームズに結婚の祝いを述べた。

「ありがとう」
「お相手はエリメニー伯爵令嬢とお聞きしました」
「さすが、情報が早いな」
「商人に取っては信用と情報が大切でございますから」

 カーマメイン卿は、それからパトリックを見た。

「マグエスタ様も、奥様がご懐妊だとお聞きしました。先日当商会に色々とご注文いただいたそうで、ありがとうございます」
「ああ、家紋入りのベビーベッドなどを発注したと妻が言っていた」
「いつもご贔屓いただきありがとうございます」

 丁寧にカーマメイン卿はお辞儀をした。

「それで、カーマメイン卿、俺に手紙とは?」

 ナイジェルが友人たちとカーマメイン卿の挨拶に割って入った。

「どうぞこちらです」
 
 彼はナイジェルの前に銀のトレイに乗せた手紙を差し出す。
 その手紙を取り上げたナイジェルは、その手紙の封蝋の紋章を見て眉をしかめた。

「読まないのか?」

 手紙を持ったまま、それを開こうともしないナイジェルにまたもやマーカスが聞いた。

「読むさ」

 カーマメインからペーパーナイフを受け取り、封を開けて中の手紙を取り出した。
 そして中に書かれた内容を見て目を見開く。

「なんだ? 借金の催促でも来たのか?」

 ナイジェルの表情を見たマーカスが茶化した。

「借金などしていない」
「じゃあ、子供ができたと女が責任を取れとでも言ってきたか?」
「そんなへまはしない。実家の祖父からだ」

 深いため息と共にナイジェルが吐き出した。

「侯爵閣下から?」
「それで、手紙にはなんて書いているのだ?」
「大事な話があるから一ヶ月以内に家に戻ってこい、だそうだ」
「なんだ。そんなことか」

 手紙を見てナイジェルが明らかに眉を顰めたので、友人たちは皆、もっと深刻な事態を想像していた。

「そんなこと? そうだな。それだけならな」
「ほかにも何か書いているのか?」
 
 マーカスが尋ねる。

「もし結婚したいと思う女性がいるなら、一緒に連れてこいと書いてある。身分や経歴はある程度譲歩するともな」
「は、ははは、お前にか?」

 パトリックが笑い、他の二人もクスクス笑う。

「『身分や経歴は譲歩』とは、ついに閣下も業を煮やしたか」
「どうする? 連れて行くのか?」
「そんな女性がいないのはお前たちも知っているだろう。遊びで付き合っている女ではなく、結婚したいと思う女どころか、結婚する気すらない」
「レックス家を継ぐのは君しかいない。このままでは家名が途絶える。人の命は有限だ」

 ナイジェルの父は既にこの世にはいないし、その子供はナイジェルだけだ。現侯爵のスティーブンが家督を譲る相手は彼しかいない。

「わかっている。そうなれば、親類から養子を迎えるさ。お祖父様の姉や妹にはたくさん孫がいる。中のひとりくらいまともな人間がいるだろう」
「しかし、卿は君の子供に継いでほしいのだろう?」
「もし私が家督を継ぐ条件が結婚なら、その時は私の妻の立場を求めない相手を探すさ。子を産んでくれれば報酬を払う。ただし、私から愛されることに期待するなと言ってね」
「金で女性の胎だけを借りるというのか?」
「さすがにそれは、それをよしとする女性はいないんじゃないか?」

 ナイジェルの発言に、それまで面白がっていた友人たちも気色ばむ。

「僭越ながら、私も他の皆様と同意見です。女性には母性というものがあります。お子様にとってもそのような打算で生まれたとあっては、お気の毒ではないでしょうか」

 カーマイン卿もさすがに同調しかねる様子だった。

「愛される可能性がないことを、きちんと伝えることも親切だと思うが。余計な期待を抱くのは無駄だと最初にわかっている分、そのほうが互いにとって幸せではないか?」
「まあ、お前がそれでいいなら…」
「そんな奇特な相手が見つかるかは疑問だがな」
「それで、使いの者には、どうお伝えしますか?」
「なんだ、まだいるのか?」

 手紙を持ってきた使者が待機していると聞いて、ナイジェルは驚いた。

「はい、お返事を頂くまで待機しているとのことです」
「真面目だな」
「そういうな、さしずめレックス卿に必ず返事をもらってこいと言い含められているのだろう」
「話はわかったと伝えてくれ」

 帰るとは約束せず、わざと濁した言葉でナイジェルが答えた。カーマイン卿が店の者にそのように伝えてくるよう命令した。
 しかしすぐにその店員が困り果てた顔をして戻ってきた。
 
「どうした?」
「その、言われたとおりに伝えたのですが、それは帰ってくるのか帰ってこないつもりなのかどちらか確認してほしいと言われまして…」

 ナイジェルの濁した言葉に、使者は引っかからなかったようだ。

「ただの子供の使いではないのだな」

 祖父が雇った使用人だが、ただ言われたことだけをこなすのではなく、きちんと本筋を捉えて行動する能力があることに、ナイジェルは感心した。

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