第176話 居ない人間の悪口が始まる
「それにしてもあれね。菰田君って本当に付き合い悪いわね……と言うか『ヒンヌー教徒』の面々。この場に一人も居ないじゃない。掃除の時には手伝ってくれたのに」
三杯もビールを飲んでいい気分になってきたアメリアはそう言って周りを見回した。彼女の言うように誠が知っている『ヒンヌー教徒』の男子隊員の姿は菰田をはじめとして一人も無かった。
「アイツ、去年のクリスマスの時も年末から正月にかけての年越しの飲み会の時も先に帰ったよな。確かに子供がいる部下のパートのおばちゃん達が先に上がるのは分かるぜ。でも、アイツの付き合いの悪さは……」
かなめはラムを舐めながらそう言って下品な笑いを浮かべてみせる。
「私は酒は飲まないがこういう雰囲気は好きだぞ……なあ、パーラ」
カウラは同じく烏龍茶を飲んでいるパーラに声をかけた。
「私の場合運転手が私だから飲まないんであって、誰かが私の車を代わりに運転してくれるなら飲みたいけど」
いつもいいように使われているだけと言う自覚のあるパーラは不機嫌そうにそう言った。
「じゃあ、俺が運転しましょうか?」
その様子を野生の勘で察知した島田が合の手を入れる。
「島田君はもう飲んでるでしょ?本当に島田君には学習能力と言うものが無いのかしら?」
この場で烏龍茶を飲んでいるのは車を運転してきたカウラとパーラくらいだった。他の隊員達は帰りはここから五キロ先の寮まで歩くつもりでビールを飲んでいた。
「そう言えば白石さんが言ってたぜ、『菰田君ももう少し身なりに気を使ったらいいのに』って。アイツの私服はいつも同じ服だからな。しかもセンスが無くてどこで買って来たか分からない……ああ、センスが悪いのはアメリアか!」
かなめはつくねを頬張りながらアメリアを指さす。
「そんな、菰田君と一緒にしないでよ。私は個性重視でこういう服を着てるの!じゃあ、誠ちゃん、これは何と読むでしょう?」
そう言うとアメリアは誠に向けてTシャツの前を広げて見せた。
「『地獄極楽』……どこで売ってるんです?そのTシャツ」
誠はアメリアが私服として着てくるTシャツの販売元のセンスを本気で疑っていた。
「でもアイツ等私服を買わずに貯めた金で何してんだ?カウラ……金、貰ってる?」
心底不思議だというようにかなめは話題についていけないという表情をしていたカウラに尋ねた。
「いや、そもそもなんで私が菰田達から金を貰わないといけないんだ?」
かなめの言うことがまったく理解できかねるというようにカウラは首を横に振った。
「大体、経理なんて金を扱う仕事をしていると金を貯めたくなるんじゃないか?運航部の女子で投資が上手いのがいるけどそいつと話してるとこ見たことが無いから貯めた金を投資しているって訳でもねえみたいだしな」
確かにケチで知られる菰田の金の使い道はこの場の一同にとっては最大の謎だった。
「私も菰田君が散財してるなんて話聞いたことが無いわね。あ!」
突然気づいたことがあるというようにアメリアが手を叩いた。
「なんだよ、アメリア。いきなりびっくりするじゃねえか」
かなめは驚いて口にしていたネギまを吐きかけながらそう言った。
「彼、本気でカウラと結婚できると信じてるのかも!豪勢な結婚式の費用の為に爪に火をともして貯金してるのかもしれないわね。なんていじらしい……と言うかむなしい話ね。カウラは菰田君が嫌いなんでしょ?」
「ああ、私は菰田が嫌いだ。生理的に受け付けない」
アメリアの思い付きとその言葉へのカウラの返しにこの場にいる一同は一瞬の沈黙の後に大爆笑した。
「菰田には悪いがこれは仕方のない事なんだ」
はっきりとカウラはそう言った。
「カウラさんにそこまで嫌われて……アイツも哀れな奴だな」
島田は彼もまた菰田とは犬猿の仲なのでこれ以上ない喜びようをしている。
「カウラさん、その言い方はあまりに菰田先輩に失礼なんじゃないですか?」
さすがの誠もここまで嫌われている菰田に同情を覚えてそう言った。
「神前。貴様は菰田が好きか?」
何とかフォローを入れようとした誠にカウラが真剣な表情でそう言ってくる。
「どちらかと言えば嫌いです」
誠は本音を口にしていた。
「ほら見ろ!菰田を好きな奴なんて隊に一人も居ねえんだ……ああ、取り巻きの『ヒンヌー教徒』の連中は別か」
この場に菰田が居ないことを良いことにかなめはそう言って嬉しそうにラム酒を舐めた。