第49話 お兄さんばいばい!
契約を終えて王都に戻るとドルンダから呼び出しがあった。ケチなくせに国を守った報奨をくれるとのことだ。
金や名誉なんてものには興味が無いので、外国へ行くための許可証を出して欲しいと依頼すると、即座に許可がおりる。貴重な光属性持ちを外に出すことなんて普通じゃあり得ないのだが、さっそくメルベルが手を回してくれたようだ。
手のひらで踊り続けるドルンダは、いつか命を奪われる。それを知っていても助けたいとは思わなかった。
汚染獣という共通の敵がいるのだから、身内で争うようなことなんてして欲しくないのである。
私欲のために人類の戦力を減らすような戦争、それを仕掛けようとするドルンダは万死に値するのだ。
* * *
勇者をクビになり、王都を救った報酬で自由の身分を手に入れ、ついに隣国のベルガンド王国のガンダという街に来ている。
仲間はいない。一人だ。
ここは交易の要所となっているらしく商人や護衛の冒険者、仕事を求めに村から出てきた労働者など、外部の人間が多い。
外国から来た俺がいても不信には思われず、また誰も気にしない。そして勇者であったことを誰も知らない。
最高である。
大勢の人が訪れるのであれば娼館だって当然のようにあり、夜遊びするには良い環境だ。
入念な下調べに時間を使ったこともあり、今は夕方になっている。
計画どおり先ずは花束を買ってみた。
かなりの出費だったが、記念するべき日なのだから気にしてはいけない。財布が少し軽くなった代わりに真っ赤な薔薇の束を手に入れた。
続いては香水である。
すーっとする、さわやかな香りを服に付着させる。すれ違う時に気付くぐらい薄くするのがコツだ……と、だいぶ前に宿屋の親父に言われたので実践したのだ。
効果がなかったら手紙で文句を言ってやる。
陽も完全に落ちて男どもは明るい夜の街に引き寄せられていく。俺も例外じゃない。やや早足になりながら娼婦たちの待つエリアに入った。
道の左右には娼館がずらりと並んでいる。客引きのおばちゃんが近くにいる男の袖を掴んで中に入れようとしていて、ここは強引なところなんだとわかった。
王都はもう少し上品だったので、こういった違いは面白い。これも旅の醍醐味だよな。
客引きなんてされたことないので、ウキウキしながら道を歩く。
おばちゃんと目が合った。
よし! ついに声をかけてもらえる! そう思っていたのだが……誰も近づいてこない。
どういうことだ?
あれか、元勇者のオーラが出て近寄りがたいって感じなのか。
ここは学んだばかりのイケメンポーズを見せて、白歯を見せながら笑い、客引きのおばちゃんにウィンクした。
「え?」
なんとさっと顔を背けられたのだ。
足早に離れていく。
どういうことだ? もしかしてイケメンポーズが似合わなかったのか?
自己評価になってしまうものの俺の見た目は悪くないと思っていたのだが……どうやら間違っていたようである。だから娼婦たちに手を振っても応えてくれなかったんだな。
原因はわかった。でも解決のしようがない。
先ほどまで感じていた未知なる場所への期待、高揚といったものが霧散してしまった。
がくっと肩を落として落胆してしまう。
「お兄さん大丈夫?」
そんな姿を見て心配してくれたのか、かわいらしい少女が声をかけてくれた。推定年齢は十歳だ。
「ありがとう。今大丈夫になった」
さすがに手を出せる年齢じゃないが、女性に声をかけてもらえただけで気持ちは持ち直した。
なんか世界に許された感じがしたのだ。
「子供がこんなところにいたら危ないぞ。お家に帰りなさい」
「お母さんのお仕事が終わるまで待ってるの」
娼婦の子供か? であれば、店に待機所みたいな所があるのかもしれない。
「そっか。じゃあ、危ないところに行かず、大人しくしているんだぞ」
「うん! お兄さんばいばい!」
手を振って少女を見送る。
元気は補充された。
嘆いていても仕方がない。今ある手札で頑張るしかないのだ。たった一人でいい。こんな俺でも良いと言ってくれる女性を探そう!
「よーーしッ! やってやるーー!」
「何をするんですか?」
両手を挙げて宣言したら聞き慣れた声がした。
嫌な予感がしつつも後ろを向く。
「ベラトリックス……」
「はい。ベラトリックスです」
しかも後ろにはヴァリィ、トエーリエ、テレサまでいる。
なんかちょっと殺気立っているし、怖い。
「どうして……ここに…………」
「ポルン様のことなら何でも知ってるんですよ」
「いや、だからといって、俺の居場所がわかるわけない――」
「私にはわかるんです」
言葉をかぶせられて断言されてしまった。
反論は許さない、といった気迫のようなものを感じる。
「私たちの今後について話したいですし、宿に移動しませんか?」
「いや、俺は、これから……」
娼館に行くんだという前に、左右をヴァリィとトエーリエ、背後にテレサが移動した。
囲まれて逃げ場を失ってしまったのである。
「これから宿に行くんですよね?」
身体能力ではヴァリィには勝てず、魔法はベラトリックスに劣る。
何を遣っても逃げ出せるイメージは湧かない。見つかった時点で俺の負けなのだ。潔く負けを認めた。
「ああ、行こう」
「ですよね」
ぱっと笑顔になると、ベラトリックスは俺が持っている赤い薔薇を持ち、ヴァリィが俺の右手、トエーリエは左手を握った。
相変わらずテレサは、俺に触れるなんて畏れ多いと思って一定の距離を保って近づいてこない。
なんとも個性的な仲間に囲まれながら、娼館が集まるエリアを出て高級ホテル街へ移動することになった。