痩せた長身の体躯は年老いて病み衰えていたが頭まで耄碌はしておらず、久方振りに訪問してきた騎士メイガム・ピアレーを見て、かつて自分が受けた屈辱を思い出した。しかし無礼者の方は昔のことなどきれいさっぱり忘れていたので、ヴォドガ庄の領主”虹色の”ファンジォに対し相変わらず厚かましい要求をした。
「黄金のはちみつ酒はないのか? あるのなら樽ごと出してくれ。ないのならカイピリンガを頼む。砂糖は抜きだ。そしてライムかレモンを多めに絞ってくれ」
怒りを押し殺しファンジォは召使いにカイピリンガを持ってくるよう命じた。それから、もう一人の客人に尋ねる。
「そちらは飲み物は?」
「どうもありがとう。ですが結構です。聖者ですので、酒精は厳禁なのです」
そういう戒律の宗派なのだろうとファンジォは思った。何にせよ、知ったことではない。
「どういった御用かな? 今はサトウキビの集荷で忙しいのだが」
召使いが持って来たカイピリンガをグビリと飲んでメイガム・ピアレーは言った。
「これはカイピリーニャだな。カイピリンガとは、ちょっと違う」
うるせえよボケ! とファンジォは腹の中で罵った。
「で、どういった用向きなのですか?」
文句を言いつつカイピリンガではなくカイピリーニャを飲み干し召使いにグラスを突き出すメイガム・ピアレーの隣に座る聖者を自称する男はソファーから立ち上がった。巨大な虎の毛皮が垂れ下がる壁に近づく。そこに飾られていたのは毛皮だけでなく王室工房のタペストリーそれからヴォドガ庄の地図もあった。聖者は地図を前に立ち、そこに描かれた一点を指差した。
「魔物がいたのは、この滝ですな」
ファンジォの頬がビリっと震えた。苦い記憶が蘇る。ファンジォは自分の領地を荒らす魔物を退治しようと、その棲家であるホームズ滝(別名ライヘンバッハの滝)へ出向き、そこでの戦いで大怪我をしたのだった。彼に代わって魔物を退治したのがメイガム・ピアレーだった。そのとき支払った報酬の額が納得いかない……とは誰にも言えずヴォドガ庄の領主は忸怩たる思いを抱え生きてきた。その感情が今も彼を苦しめている。
「そ、そうですが、そ、その滝が、どうかしましたか?」とファンジォは聖者に尋ねた。
「そろそろ復活する頃合いだと思ってな」
聞かれもしないのに騎士メイガム・ピアレーが笑いながら答えた。
「あの魔物は一度倒しても時間が経つと復活する。ゲームだったら経験値稼ぎに絶好なんだが、現実のファンタジー世界では金稼ぎに最適だ」
怪物退治で金儲けか! とファンジォは腹の中で呻いた。その思いを読み取ったのか、聖者が領主に微笑みかける。
「魔物が復活しかけているようだと村人たちが噂していますが、それは真実ですよ」
ホームズ滝の近くを歩いた者たちから不気味な咆哮を聞いたとか怪しい光を見たという報告があった。だからファンジォも、警戒はしていた。そして、万が一のときは勇者を雇い、怪物退治をさせるつもりだった。
だが強欲なメイガム・ピアレーにやらせるつもりなど、まったくなかった。それなのに、何処で噂を聞き付けたのか、この男が再び現れたのだ!
「まあ、あれだ、今度も倒してやるよ。報酬次第だが」
そう言う騎士に続き聖者は言った。
「今回は前と違います。聖者の私が来ましたから。魔物を倒した後で、滝つぼで滝行をして差し上げます。そうすることで魔物が復活する周期が長くなるのです」
結局は復活するらしい。しかも追加料金を吹っかけられたファンジォは、この二人以外の傭兵を募集しようと決めた……が、その間に魔物が姿を見せたので、イイネでの支払いを余儀なくされたのだった。言い値だった。