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ジャノたちと別れて、俺たちは大急ぎでスーレイへと向かった。
手持ちのメシもあいつらに半分近くあげてしまったし、今日中につかねえと逆に俺らの方が餓死しちまう。
俺の胸の中では終始機嫌がいいチビ。それとは裏腹に、ずっと遠くを見つめたまま。なにか考えごとでもしているみたいだ。
「またおばちゃんとこいく?」
「そうだな、無事に戻れたらまた会いに行こうな」
やっぱり母親が恋しいのかな。ジャノの母ちゃんのことを話してばかりだ。
母ちゃん……か。まあ俺だってそうだ。物心つく前からもう記憶の中には親方しかいなかったんだし。つまりは男親だけ。でもってチビにも俺との思い出しかなさそうだし。
二人揃って男親。母親って一体どんな感じなんだろうな。
そんな他愛のない質問をルースに浴びせてみた。
「……」反応がない。完全に上の空だ。
「ルース、聞こえてるか?」
「……」
たまにあるんだよなこいつ。悩んでたり考え込んでたりすると、いくら呼びかけても返事がなかったり。
そんな時は……殴って正気に戻すしかないんだが。
「え、あー……母さんの思い出かあ」
突然、夢から覚めたかのようにルースが返してきた。
「どんな時にでも優しさを失う事はなかった……ずっと側に居続けたい。そんな存在かな」
なるほど。言ってることが全然分からねえ。
「ラッシュは母親に会いたいって思ったことある?」
いきなりそんなこと言われてもなあ……初めてそれを知ったのはマルデでの戦いの時だし、正直なところどうだっていいというウヤムヤな結論にか辿り着くことができない。
「さて、お主ら二人。そろそろ話しておかないとな」
あまりに唐突なチビ……いや、ネネルの出現に、俺とルース二人でのけ反りそうになり、危うく馬から落ちそうになった。
「チビ……いや違う。誰だ?」
「お初にお目にかかる……いや、ずっと前からお世話になっていたのだな。ルース・ブラン=デュノ」
「なぜ僕の名を!? 誰だお前は!」
何者かに乗り移られ、生気のない瞳をしたチビの姿。
そういやルースに話す話すといってすっかり忘れてたな。
「なんでわざわざこんな時に現れたんだネネル?」
「たわけ。わざわざなどではない。お主がきちんと説明出来るかどうか心配していたのだぞ」
「そんなの簡単にできるわ」
「ウソを言うな。お主が稀に見る口下手なのは明らかだ。ゆえに妾が……」
「えっと、口論やるより先に僕に説明してくれないかな。全然理解が追いつかないんだ」
やれやれとため息混じりに、ネネルはルースへと向き直った。
「ルース・ブラン=デュノ。まず最初にこの私、ディオネネル=ズゥ=マシャンヴァルについて説明せぬといかんな。ともあれ。今から話すことは他言無用のこと、お主は守れるであろうな?」
「マシャンヴァル……だと?」
ネネルの憑依した身体は、コクリとうなずいた。
「心して聴くが良い。妾のこと、そしてかつての依代であった、エセリア=フラザント=レーヌ=ド・リオネングのことを」
「エセリア姫……依代って、つまりお前は!?」
「そうじゃ。エセリアは妾であり、ネネルである妾こそエセリアである。いや……エセリアであった、と言った方が正しいか」
驚きを隠せないルースを気にも止めることなく、ネネルは話を続けた。
そう、以前俺に話したことすべてだ。
病弱なエセリアの元に、マシャンヴァルから逃げてきたネネルが「喰らう」ことで僅かばかりの延命を図ったこと。
エセリアの身体はネネルと共有されていたこと。
そして、あいつの命が尽きるしばらくの間、城を抜け出し……
俺と逢っていたことを。
「薄々、感じてはいたことだけど……流石に断定されると、ね」
汗か涙かわからないが、ネネルの話を聞いていたルースは、しきりに顔を拭っていた。
「あまりに唐突だとは思っていたさ。骨のように痩せこけてて、目を離した隙にいつこの世を去ってもおかしくはないな、と自分でも悟っていた……あの姫が、ある日瑞々しい肌になってて、そして突然立ち上がって、よろける事なく歩いていたんだ。周りは僕の薬のおかげだとは言ってたけど……」
「信じてはくれたか、ブラン=デュノよ」
「信じるもなにも、それら全て事実なんでしょう? ネネル姫」
「苛立ちがひしひしと伝わってくるのお……だが父の代からずっと彼女を世話してきたお主からしてみれば、妾を憎む気持ち、分からんでもない。実際それ相応の事をしたのだからな。けどこれだけは知って欲しい。彼女の生きたいという願いと、妾の人として生きたい願いは、あの時確かに合致したのじゃ」
頭を抱えたままのルースを、チビの声が優しく包み込んだ。
「生きたいという気持ち……お主にもあるのだろう?」
「……知っていたのか?」
「お主の父から嫌というほど聞かされたさ」
ああ、例のルースの身体のことか。こいつも全てお見通しだったとはな。
「とりあえずネネル姫。あなたの事は保留……というか僕もこの胸にしまっておくことにするよ」
「感謝する。ブラン=デュノ」
だが、と一息おいたルースは、さらなる質問を投げかけた。
「姫は……いや、マシャンヴァルの姫として、あなたはリオネングをどうしたいんだ?」
くすっとネネルの口から笑いがこぼれた。
「お主は妾のことをマシャンヴァルの姫とは言ったが、自身はもうあの国は捨てている。許されることかどうかは分からぬが、妾はこのリオネングのために全てを捧げたい……常々そう思っている。それに……」
チビの、いやネネルの手が、ポンと俺の胸を叩いた。
「妾もひとりの女性として、自由に恋をしてみたいのだ」
「えっ待って!? ネネル姫、それ、もしかして……」
「ああ。この能無しの無頼漢はな、妾の好みにちょうどなのじゃ」
ああ……やっぱりな。エセリアはともかくとして、こいつも俺のことを忘れていなかったのか。参ったなこりゃ。
「愛されてるね……ラッシュは」
なぜかその一言がすげえ寂しげな顔だったけど……まあいい。とりあえずはネネルのことを信用してもらえたからにはな。これで心強い仲間が増えたってことか。
「ところでさ、ダジュレイの血で穢れてしまった土地を回復させるのに、スーレイにいるザン……なんとかに会うことが必須って聞いたけど、そいつにはどうやったら会えるの?」
あ、そう言われてみたら確かに。スーレイのズァンパトゥに会えとは言われたけど、どこでどうやれば会うことができるんだ?
「……」
「おいネネル。黙ってねーで返事しろ」
「……」返事がない。
顔をのぞき込んでみると。チビは目を閉じたまま、つまりは……
はあ。なんで肝心なとこでいなくなっちまうんだよ……