4 深窓のミチル!?
ミチルのぷりぷりピーチパイは無事だった!
そして当然ミチルはチェリーパイである!
(※可愛らしい隠語でお送りしています)
当の本人がそう宣言したおかげで、狂乱の貴公子達はようやく落ち着いた。
そんな部屋の有様を見せつけられた不憫な師範代のお兄さん。
彼は巻き込まれたくない一心で、誰にも気づかれないうちに部屋を去ろうとしていた。
「待て」
「はいぃ! 申し訳ありません!」
だが寸でのところでジンに呼び止められる。
反射的に謝ってしまった彼が見たのは、いつも通りの冷淡な師範の顔だった。
「あの少年はどうした、死んだか」
「とんでもありません。気を失ったままなので、診療所で保護しています」
「そうか。彼が目覚めたら報告しろ」
「……かしこまりました」
平素通りの会話のトーンに、すっかり冷静になれた師範代はそのまま部屋を去っていった。
「なんだよ、少年って」
一応座り直したものの、単語のアレ的な不穏さに、エリオットがすぐさま反応した。次いでアニーとジェイも微かに不安な顔をする。
「ああ、えっとね……どこから説明しようかなあ……」
ミチルは考えを巡らせながら、自分が武道大会に出ることになった経緯と、大会当日の様子を三人のイケメン達に説明した。出来るだけ、イヤンな内容は省いて。
「ミチル、武道大会に出場したのか……?」
珍しく一番に口を開いたジェイが、驚きに固まっていた。
「う、うん……なんか、なりゆきでね……」
ミチル的にはそこはさほど重要ではない。ヘラヘラ笑ってサッとやり過ごそうと思ったのに、横からジンが口を挟む。
「シウレンは儂の修行を見事にやり遂げた。その成果を試すちょうどよい機会だったのだ」
「修行……?」
ジェイの問いに、ジンは口端を上げて答えようとする。
「うむ。儂が毎日──」
「そぉーれは、置いといてぇえええ!」
せっかく上手く隠して説明したのに、蒸し返すんじゃねえ! どエロ師範がぁ!
ミチルは盛大な声でそれを阻止した。
「てめえ、この、ジジン! ミチルにそんな危険なことさせやがって!」
「アニィ……!」
急に沸騰したように興奮して、ジンに食ってかかるアニーに、ミチルは頭を抱えてしまった。
「ジジン、ではない。儂はジン・グルースだ」
「うるせえ、ジジイ!」
「ジジイでもない! 先生と呼べ!」
一番年上で引率者を名乗っていたアニーですらこの始末。イケメンの、イケメンによる同族嫌悪は沼より深い。
「……貴様ら、シウレンを何だと思っている」
「へ?」
ジンは眼光鋭く三人のイケメン達を睨む。
「どうせ蝶よ花よとかしずいて、壊れもののように大事に守ってきたのだろう。確かにシウレンの可憐さではそれもいたしかたない事ではある」
えー……何言いだすの、この人。恥ずいんですけど。
ミチルはなんだか体がむず痒くなった。
「だが、それはシウレンのためにはならん。貴様らが甘やかしたから、ここに来た時のシウレンはまるで深層の令嬢のようだったぞ。まあ、それはそれで男の浪漫ではある」
ねえ、語尾がイチイチ気持ち悪いんだけど!
「こんな可愛らしくも頼りない有様では、一歩外に出たらすぐにどこぞの輩に押し倒される! そんなことになったら儂は気が狂う!」
何言ってんだ! いつのまにアホエロ師範にクラスチェンジしたの!?
ミチルはバカ馬鹿しくって、言葉を失っていた。
「た、確かに……! 初めて会った時も、ミチルはおじさんにナンパされていた……!」
アホエロ師範の言葉が、アニーに刺さってしまった。
そういえばそんなこともあったなあ。ミチルにはすでに遠い記憶に感じられていた。
「なるほど、勉強になります」
ジェイもうんうん頷いてる! アホだから先生に言いくるめられた!
「だから、儂が心を鬼にしてシウレンを鍛えたのだ。貴様らを叱り飛ばしたシウレンの気丈さを見ただろう」
えーっと、確か、あーたもビックリしてませんでした?
「おお……さすが、先生です」
ジェイはすっかり感心してしまっていた。
そこまで心酔する必要ないよ。だって、その人、本当はどスケベ師範だからね。
「ジェイ! アニー!!」
二人の初期イケメンが、うっかりジンの口車に乗りそうになった時、エリオットの冷静な怒号が飛んだ。
「控えろ、そいつを信用するのはまだ早い」
「え、エリオット……」
「殿下……」
アニーもジェイも、エリオットの高貴なオーラに気圧されて黙ってしまった。
「ふむ。王子の肩書は伊達ではないようだ」
「こいつらは下級騎士と、ただの庶民だ。おれは簡単に騙されねえぞ」
ジンとエリオットの睨み合いが続く。
「いいだろう、貴様は何が聞きたい?」
「ミチルの話に出てきた、あんたの再生された武器を見せろ」
さらにエリオットが鋭く睨むと、ジンは余裕の動作で右腕から腕輪を取り出した。
それをテーブルに静かに置く。仄かに青く光っていた。
その光を、ジェイもアニーも息を呑んで見守った。
「ふうん……」
エリオットは腕輪を手に取って、様々な角度からそれを見定める。
部屋には緊張感が張り詰めていた。
「おれ達のと、同じ材質、同じ魔力を感じる……」
そう言ってから、エリオットは腕輪をテーブルに返した。
「クソ、これじゃあ、オッサンが第四の男になったのは確定かよ」
エリオットは悔しそうに歯噛みしていた。
三人のイケメン達は、新たな恋敵の登場を実感するはめになり、大きく溜息を吐いた。