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第5話 ルール

 健斗は半分食べかけたおにぎりを手に持ちながら、文恵に尋ねた。

「1軍って倉田さん以外に誰がいるの?それに2軍と3軍も教えて」

 文恵はサンドイッチを一口で食べ終えると、コーヒー牛乳で流し込み、スクールカーストの全容を教えてくれた。

「まず、運動部に入ってるか、可愛いか、もしくはキャラが良くて友達にしたいタイプが2軍。ここが一番多い層ね。で、3軍は……私みたいにそのどれも持ってない女子」

「それで、1軍は?」

「全部持ってる女子よ。うちのクラスなら、橘さん、白石さん、それに倉田さんね」

 橘 茉莉花(まりか)はポニーテールが特徴で、いつも元気で明るい笑顔が絶えない。野球部のマネージャーとしてクラスで人気だ。バスケ部キャプテンの白石 凛は、どこか近寄りがたい雰囲気がありながらも、洗練された美しさを持っている。そして真由は、運動部には入っていないものの、生徒会副会長としてクラスをリードする存在だった。

 健斗は文恵の説明を聞きながら、ますます自分との距離を感じ、胸の中が重くなった。もう食欲もすっかり失せ、残っていたおにぎりを無理やり口に詰め込み、お茶で一気に流し込んだ。

「それで、さっき1軍の子に話しかけちゃダメって言ってたけど、他にもルールがあるの?」

「あるよ、いっぱいね。まず、話しかけていいのは自分と同じグループか、それ以下のグループの子だけ。同じグループなら下の名前とかあだ名で呼んでもいいけど、上のグループの子と先生に頼まれて仕方なく話すときは、必ずさん付けして敬語ね」

「同じクラスなのに……」

「そんなことで落ち込んでちゃダメだよ。まだまだあるから。例えば、教室で大きな笑い声を出していいのは1軍だけだし、3軍なんて笑うことすら禁止だよ。あと、絶対に1軍の子の悪口は言っちゃダメ。バレたらひどい目に遭うよ」

「ひどい目って……?」

「いわゆるイジメ。上履きや教科書がなくなったり、机に落書きされたりするの。1軍の命令は絶対だから、目を付けられたらクラス全体でイジメられるよ」

「えっ、マジで?怖っ……」

 文恵はさらに細かいカーストのルールを教えてくれたが、聞けば聞くほど健斗の心は鉛のように沈んでいった。自分の新たなスタートが、こんなにも厳しい現実に縛られているなんて――健斗は深いため息をついた。

「それで、カーストを上がる方法ってあるの?」

 ペットボトルのお茶を持つ手を少し強く握りながら、文恵に問いかけた。
 文恵は肩をすくめながら、淡々と答える。

「まあ、基本固定されてるけど、上がることもあれば落ちることもあるよ」

「どうやって?」

 上がる方法があることを知り、健斗は少し身を乗り出た。
 文恵はサンドイッチをもう一口かじりながら、冷静に説明を続ける。

「上のグループの子と仲良くなって、友達に入れてもらえたら上がれるの。逆に、嫌われてグループから外されたら落ちるよ」

「でも、上のグループに話しかけたらダメなんでしょ。それで、どうやって仲良くなるの?」

 健斗は混乱し、眉をひそめて言葉を詰まらせた。
 文恵はお茶を一口飲みながら、まるで当たり前のことを話すかのように続ける。

「上のグループの子に話しかけられるのを待つしかないのよ。話しかけてくれた時がチャンス。上手く話を合わせて、気に入られるしかないの」

 健斗はその言葉を聞いて、心の中に絶望感が広がっていくのを感じた。せっかく真由と付き合うために女の子になったというのに、話しかけることさえ許されないなんて……。
 お茶を一口飲もうとするが、喉がカラカラに渇いたまま、味も感じられない。

「あと、もう一つカーストを上げる方法があるの」

文恵はサンドイッチを包み直しながら、軽く首をかしげて言った。

「えっ何?」

 健斗は心の中でざわめく不安を抑えながら、つい身を乗り出して聞き返した。

「彼氏を作るの。彼氏が1軍なら、1軍に行けるの。2軍なら2軍、逆に3軍の男子と付き合ったら3軍に落ちちゃうのよ。だから、3軍の男子とは基本話さない方がいいよ。噂になるだけで3軍確定だから」

 健斗は思わず固まった。そういえば、女子と話す機会があまりなかった。男子にも避けられていたのは気になっていたが、女子からも距離を取られていた理由が、今ようやく腑に落ちた。

――そういうことだったのか。

 告白した時の真由の、あの困ったような表情。ただ戸惑っていたわけじゃない。健斗はペットボトルのお茶を無意識に手に取り、一口含んだ。

――そりゃ、3軍の俺に告白されても迷惑だよな。

 健斗は、文恵の言葉にひどく落ち込みながらも、どうして自分が今までその「カースト」というものに気づかなかったのかを考えた。

――同じクラスなのに、俺はずっと知らなかった…。

「男子にもカーストがあったんだな……でも、俺は気にしたことなかった」

 文恵は軽く頷く。

「男子同士はあまり表立ってカーストを作らないからね。仲が良ければ普通に話すし、友達の間ではそんなに気にしないの。でも、女子の目線だと違う。自慢できる彼氏なら1軍、それ以外は2軍、キモイのは3軍って勝手にランク付けしてるわ」

 健斗はハッとした。これまで自分が女子との関わりがほとんどなかったことに気づいた。クラスの中では、いつも影の薄い存在だったし、特に目立った活動をするわけでもなかった。部活にも入っておらず何の話題もなく、ただ静かに過ごしていた。

――そうか、俺はもともと誰の目にも入っていなかったんだ…。

 カーストなんて存在するなんて気づく余地もなかった。自分が女子たちにどう思われているかなんて、考えたこともなかった。

 そして、文恵の言葉がもう一度頭の中で響いた。

「キモいのは3軍って……俺、キモいと思われてたのか……」

 その事実を知ると、健斗の胸の中に冷たい重りがずっしりとのしかかるような感覚が広がった。

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