バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第65話 初代魔王の記憶⑨

取りあえず勇者との話し合いはまとまったが、問題は何も解決していない。

色々あった一日だった。
勇者と別れ宿舎に戻り、珍しく一人で安酒を煽りベッドに横たわりながら今日起きたことを整理しながら改めて考えを巡らせる。

人間と魔族の進化の為に戦争を終わらせたくない創造神に対し、一刻も早く戦争を終わらせたい俺と勇者。

魔族と人間という種族単位での幸せを考える創造神に対し、今を生きる自分達の幸せを一番に考えている俺と勇者。

創造神はどこまでいっても俺達のことをペット程度にしか考えていないので、当然当事者である俺達との話し合いは平行線にしかならない。

「あー畜生。別に神の力を使って俺達を幸せにして欲しいなんて願うつもりはないので、せめて俺達を放っておいてくれないかなー」

これから確実に起こるであろう面倒ごとを考えながら天井に向かって一人ぼやく。

「いくら魔王の願いといえど、それは無理じゃのぉ…」

「……………」ハァー

俺にプライベートはないのだろうか。
そもそも幾ら色気のない道路プロジェクトの宿舎といえど、こんな糞ジジィを自分の部屋に招くのは願い下げである。周囲の目を気にして勇者ですら入れていないというのに…

「承知しました。それでは今日はもう夜も遅いのでお引き取り下さい」

「ちょちょ、ちょっと待て待て。もう少し話をするんじゃ!追い出そうとするんじゃなぃ!!」アセアセ

少し慣れたとはいえ、やはり創造神の存在感は異質で異常だ。一刻も早く退室願いたい。

「心配せんでも用が済んだらさっさと帰るわ!!もっと老人を労われこの悪魔め!!」

「用件を聞こうか」

どこかの自分の背後に立たれることを嫌う殺し屋みたいな発言になってしまったが、殺せるものなら殺しても良いのではないかとさえ思うが、恐らく俺がさっきを放った瞬間俺が死んでいる気がする。
俺の思考を読んでいるのか、こちらをじっと見つめて笑みを浮かべる創造神の表情が、薄暗いローソクの灯りに浮かび不気味さを際立たせている。

「昼間は勇者がいたからのぉ…安心せい、勇者はともかく魔王が本音で話を出来なかったのではないかと思ってわざわざ来てやっただけじゃ」

そんな気遣いをされたら惚れてしまうではないか!!

「実際、戦争を終わらせたいのは本音でもある。ただ、きっと勇者は俺と暮らすことと同列に終戦を考えている」

「…ふむ。して主の本音は違う…と?」

「言ったように戦争を終わらせたいのも事実ではある…が、何よりも勇者の幸せを最優先に考えている。そこが俺と勇者の明確な違いだ」

「…ほう……………」

俺は覚悟を決めた目で魔王を一直線に見つめるが、当然その程度で動揺するような創造神ではない。俺の目を真っすぐに見返す。

「正直に言うとのぅ……魔王も勇者も終戦に拘り続ける限り、一度この世界を滅ぼしても良いかと考えておったのじゃ。そうしてやり直せばよいか、とな………ただ今のお主の考えを聞いて少し考えが変わったわ…」

とんでもないことをサラっと言ってのける創造神だが、決して大袈裟な表現でもなんでもなく実際その気になれば容易にやってのけるのだろう。
人間や魔族をペットに毛の生えた程度の存在で考えている神にとっては、気に入らないおもちゃを捨てて新しい物に買い替える程度の認識なのかもしれない。

「それではお主は、愛する女の為であれば、魔族や人間の裏切り者になっても構わん、とそういうことじゃな?」

「それは極論だ。戦争を終わらせた上で勇者と共に暮らす方法を考えるんだ。その上でお前を満足させてやる!!」

「……お主程強欲な魔族を見たことがないわ。あれも嫌これも嫌、だけどこれとあれとそれは欲する…なんともまぁ醜い程欲深いものじゃ………だが、…面白いのぅ」

言われてみると、創造神からしてみれば駄々を捏ねる子供の様な物かもしれない。だが、こっちだって自分自身や大切な人達の命や人生が掛かっているんだ。
そう考えると遠慮など出来る訳がない。

再び俺と創造神の間に沈黙が訪れ、また創造神が俺を見つめる。色んな意味で気持ち悪い。

「お主の要求を聞き入れるとして、私はいつまで待てば良い?そして主は何を儂に担保として差し出せるのじゃ?」

「そ、それは………」

最初から答えはなんて出るはずがない。俺には差し出せるものなど何もないのだから。
『俺の命』という選択肢も頭を過ぎったが、その選択肢自体、魔族と人間の進化を残された者たちに任せることになり、創造神に対しての担保にならない。
そもそも俺と勇者の幸せという大前提が崩れてしまう。

「「…………………」」

何度この息が詰まりそうな沈黙を繰り返せばこの気まずい時間は終わるのだろう。
一人で頭を整理しようと考え始めた矢先、俺の許可なく部屋に現れた創造神が一方的に悪いと思うが、それを指摘出来る空気でもない。

安っぽいベッドと安っぽい机と椅子2脚だけの質素な空間が歪んで見える程重い異常な空気が張り詰める。

「やはり色々な可能性を考えた結果、お主と勇者は神に昇華すべきじゃろう。そうすれば勇者は寿命の呪縛から解放され、お主らが抱える『時間の問題』は解決するはずじゃ…。」

「それは昼間に結論が出たはずだろう。自分達だけが幸せになるのは、俺はともかく勇者は絶対に納得しない」

勇者は勇者だ。人々の希望の光であり続けなければならない。
周囲もそれを望むし、本人自身もそれを理解している。
勇者はそれでいいんだ。

「儂は何も争いを望んでいる訳ではない。儂の真の願いは、戦争を通し苦難を乗り越えようとする中で生まれる工夫、努力によって得られる種の進化じゃ。何もただ嫌がらせをしている訳ではない」

「随分白々しく聞こえるが…何が言いたいのか全く理解できないぞ?」

「お主らが魔神と女神となって争いが加熱し過ぎないようにコントロールすれば良い。儂は別に、魔族や人間の死を望んでいる訳ではない。むしろその逆じゃ」

その話だけであれば非常に願ったり叶ったりの提案なのだが、世の中そんな上手くことは進まない。

「それは非常に有難い話だが、それだとさっき話にでた『担保』を提供できていない。俺は何を神に捧げれば良い?」

「………『記憶』じゃ。捧げる、というのは誤解があるが、神に昇華するにあたって、それまでの記憶の大部分を失うことになる。特に魔族同士、人間同士の記憶はほぼ間違いなくなくなるであろう。それが神への昇華の条件じゃ…」

「……そうか」

最愛の人、大切な仲間達、新しい思い出が沢山増えたこの世界、美しい思い出も二度と思い出したくない過去も、全てが俺を構成するものばかりだ。

いまいちピンとこないが、創造神の出す条件としては破格ではないだろうか。

「勇者と、女神と再会は出来るのか…?」

「それはお主ら次第であろう。魂の結びつきが強ければ自然と引き付け合うものじゃ」

それであればこの世界でも巡り合った俺達は非常に強いといえるのではないだろうか。
…だが、万が一会えなかったとしたら……

「今日の今日でいきなり訪れてすまんかったのう…頭の整理が追い付いていないようじゃ。儂はこれでお暇するから、改めてゆっくり考えてくれぃ…」




創造神のいなくなった質素な部屋に一人取り残されたが、幾ら考えたところで答えは全く見えてこなかった。

しおり