第63話 初代魔王の記憶⑦
この世界を作った神、いわゆる創造神という奴だろうか。
自らを神と名乗る老人を、少し離れた距離から改めて観察する。
見た目の年齢は80歳前後だろうか、顔には深いしわが刻まれており、長い人生の知恵と経験を感じさせる。白髪の坊主頭で、真っ白で立派な口髭と顎髭を蓄えて目は終始にこやかに笑みを浮かべている様に見え糸のように細い。
古びた木製の使い込んだ杖を持ち、某国民的アニメの剥げている父親の家着のような和服に身を包んでいる。
いわゆる一般的に想像しやすい日本のご老人の様な見た目をしているが、言葉では表現できないが明らかに普通の人間とは違う。
この爺さんの側にいると、細胞が拒否しているのかとにかく非常に空気が薄く感じる。
「のう勇者と魔王よ…取って喰うたりなんかする訳なかろう。一度落ち着いて、改めて儂の話を聞いてくれんかの…?」
「誰が貴様の言うことを素直に聞くものか!」
「むぅ……特に何もしてないのに酷く嫌われているのぉ…」
クセなのか創造神はそうボヤキながら、自身の顎鬚を撫でている。
こいつに指摘されたからではないが、一度落ち着く必要はある。
突然現れた創造神の異常性に焦り我を失いかけているが、創造神の言う通りまだ俺達は
何も直接的な被害を受けていない。
「ちょっと心の弱い子供達を見つけて、主らの像を爆発させただけじゃろう…フォッフォッフォ」
「「!?」」
前言撤回。
こいつは明確に完全に純粋な敵だ。
「勇者俺の後ろへ!!場合によってはこの場でこいつを討ち取るぞ!!」
「…了解」
相変わらず杖をつきながら顎鬚を撫でている老人と、武器こそ持っていないが明らかに敵意を持って相対している俺と勇者。
老人に対して1対2で睨み合うのは世間的に面白くないが、圧倒的に気圧されているのは俺達の方だ。
それほどまでに創造神の存在感は圧倒的である。
こいつがその気になれば俺達は瞬時に消されるだろう。今俺達が生きているのはこいつの気まぐれに過ぎない。
「フォッフォッフォ……。主も勇者も儂にとっては可愛い子供達じゃ、そう構えんで良い」
「お前と慣れ合うつもりは一切ない。さっさと用件を言え」
「つれないのぉ……」
創造神は心底残念そうな口調で話すが、特に気にした様子もない。
「魔王よ…主は魔族や人間、種にとっての幸せとはどう考える?美味い飯を毎日喰らうことか…愛する伴侶と生涯を心穏やかに暮らすことか…争いのない世界で幸せな人生だったと、家族に見守られながら逝くことなのか…」
「「……………」」
創造神と問答するつもりなど一切ないはずなのに、俺も勇者も何故か不思議と話を聞き入ってしまう。
「……幸せの形など決まっている訳がないだろう。人生に後悔なく死んでいく、その方法は生きるものの数だけ違うに決まっている」
創造神は、そういう俺の両の目を無言で見つめている。それだけで心の全てを見透かされている気持ちになり汗が止まらない。
「…個々の幸せ、と言えばそれは間違いではないのかもしれないが、魔族にしても人間にしても、ならばなぜ子を成そうとするのじゃ?」
「……………」
まずい。こいつの問いに答えている時点で創造神のペースにはまっている。
「子を成す……それ自体が種の繁栄を細胞レベルで考えいるのじゃなかろうかのぅ…」
悔しいが確かにそれはある気がする。
「種の繁栄を望む主らが、何故に進化の歩みを止める?平穏とは聞こえは良いが、結局のところ現状に満足した堕落的な思想そのものでなかろうかのぅ?」
「魔王!このジジイの言葉に耳を傾けるな!!」
思わず言葉に詰まる俺を見かねて勇者が口を挟む。
悔しいが魔王の言葉に納得しかけていた。
「考える必要は一切ない!こいつはただの老害だ!!」
「フォッフォッフォ…老人に対して酷い言いようじゃのう。…主らが前世で享受していた発展した科学技術は、多くの貴様らの先人達の犠牲の上に成り立っているのを主らも知らぬ訳ではなかろう?」
「……!?」
「何も言い返せなかろう…?」
愉快そうに勇者の顔を見つめる創造神だが、きっと勘違いしている。
「ちょっと何言ってるかわからない」
どこかのお笑い芸人が言いそうな発言だが、決して勇者は創造神を馬鹿にしている訳ではない。現代日本で生まれ育った女性に話をしてもピンと来ないのは仕方ないことだと思う。
「あ、あのな勇者、創造神が言いたいのは、地球で発展している科学技術の多くは、戦争で発展したものばかりだ、と言いたいんだ。戦争なくして種の進化はない、って」
俺がそっと勇者に耳打ちすると、勇者も創造神も気恥ずかしそうにモジモジしている。
勇者は可愛いけどジジイは気持ち悪いからモジモジしなくて宜しい。
「ゴホンッ、貴様らは前世で戦争の上に成り立つ技術の進歩を享受しておきながら、この世界では争いを止めようとしておる。英雄だなんだと囃し立てられ、この世界の進化の足を引っ張っているのはお主達ではないだろうかのぅ」
自分の話を黙って聞いている俺と勇者を肯定と捉えたのか、創造神は尚も話を続けていく。
「出来ることなら全種族、全ての生物を幸せにしてやりたい。当然その気持ちはわかる…だが!しかしだ、そんなことは現実的に不可能だ。誰かの不幸があるからこそ誰かの幸せが際立つものだ…」
創造神の言っていることは分かるが、到底賛同など出来るものではない。
『人様に迷惑を掛けるな。迷惑を掛けるくらいなら掛けられる側になりなさい』
前世で小さい頃から自分の親に言われ続けた言葉である。
幼い頃は言っている意味が全くわからなかったが、社会に出てからこの言葉の奥深さに少しずつ気付いていった。
全人類が、自分の事よりもほんの少しだけでも周囲のことを考えられるようになれば全員が幸せになれる。逆に全員が自分本位になってしまえば、落とし合い足の引っ張り合いのろくでもない世界になってしまう。
なるほど…ウチの親はとんだ甘ちゃんだったようだ………最高じゃねぇか!!!!
「俺と勇者は取りあえず世界を平和にしてみせる!種族の幸せ何てものは神にでも任せて置けば良い!」
「魔王と私は、皆が安心して暮らせる世界を作る!!」
「………甘い顔をしておけば図に乗りおって糞餓鬼どもがぁぁぁああああああ!」
ジジイが切れた。