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雁野家(かりのけ) 父 side 





「お父さん、お母さん、見て! 今日はこんなに売れたの!」



 そう言って嬉しそうに今日のポーションの売り上げを見せてくれる娘の来紅(らいく)。可愛い。



「本当だ。今日はたくさん売れたね。いつも助かるよ」



 娘は可愛い、そして天才だ。昔から物覚えがいいと思っていたが、自作のポーションまで作れるようになった。

 娘は、通常なら売れるようなポーションが作れるようになるには数年掛かると言われるが、それを一月でものにした天才だ。

 おまけに、そのポーションを売って稼いだ金で家計まで支えてくれる。本当に良くできた娘だ。ああ可愛い。



「あなた。顔がだらしないわよ」



 妻に文句を言われる。



「そんなに、だらしなかっただろうか?」


「ええ」「うん」



 二人が同時に言う。娘にまで言われてしまうと辛い。しかし、これではいかん。

 いつか来る悪い虫(クソ野郎)を効率的に追い払うため、そして愛する娘にカッコイイと思われるために威厳を保たなくては。

 まだ見ぬ悪い虫(クソ野郎)め「娘さんを下さい」などと言ってみろ。元冒険者である私が全てを()して、後悔させてやる。



「ねぇ、お母さん。お父さんがまた一人で百面相(ひゃくめんそう)してるよ」


「ほっときなさい。またバカなこと考えてるんでしょ」


「でも私、また友達関係に口出されるの嫌だよ」


「……それもそうね。お母さんが釘刺しておくわ」



 何やら小声の話し声が聞こえるかと思えば、妻と娘が何やら深刻(しんこく)そうな顔で話混んでいる。

 どうしたのだろう? はっ! まさか男に付き(まと)われているのか!? 

 許せん。うちの娘が可愛いくて優しいからと、ふざけたマネをしおって。どこだ!? そいつをぶっ殺してやる!

 しかし、内心ではどう思おうと口に出してしまえば娘を余計に不安がらせるかもしれない、なにより私の威厳も消えてしまうだろう。

 それは駄目だ。到底許容できる問題ではない。

 故に私は、朗らかに世話話をする程度の穏やかな口調で告げる。



「来紅よ。何か悩みでもあるのか? そう、例えば悪い男に付き纏われてるとか。何でも言いなさい、お父さんが助けてやるぞ。悪い男からな!」


「釘を刺す暇すら無かったわ……」



 妻が呆れた顔を、娘は諦めたような顔をしている。何故だ、威厳を保ちつつ娘を気遣う父性(ふせい)に溢れた素晴らしい言葉だったと言うのに。

 だが娘よ。そんな顔もプリティーだぞ! 



「あのね、あなた。いい加減に娘の交友関係で口を出すのはやめなさい。みっともないわよ」


「そうだよ、お父さん。私、もう十六歳だよ。来月には学園に入学だってするんだから心配しないで」


「やめる訳が無いだろう。娘を守るのは親の務めだ! だいたい、私は学園に行かせるのだって反対なんだ。それも『ダンジョン学園』なんて。お前の身に何かあったらどうする。男は(けだもの)なんだぞ」



 娘から『国立ダンジョン学園』に行きたいと言われたとき、入学が決まった時、そして今回とで三度目の話だが、どうしても納得出来ない。何故わざわざ危険な学園に行こうとするのか。

 過去二回は「冒険者だったお父さんに憧れて」と言われ、嬉しさのあまり許してしまったが今度という今度は断固反対だ。



「はあ、また始まったわ。この人の病気が……」


「お父さん、何度も言ったでしょ。私、将来は冒険者になりたいの! いい加減にしてよ!」



 珍しい娘の強い言葉に気圧(けお)されるが、引く訳にはいかない。なぜなら入学まで時間が無いのだから。

 『国立ダンジョン学園』は全寮制だ。入学したが最後、娘とは簡単に会えなくなってしまう。今の日中は会えない生活でさえギリギリだと言うのに、とても耐えられる事ではない。



「いくらお前の頼みと言えどダメなものはダメだ!今から他の学校を探しなさい。お父さんも手伝ってあげるから」


「あなた、それは流石に無茶よ」



 妻はそう言うが、世の中で不可能なことなど極一部だ。このくらい、やってやれないことは無いだろう。それに、いざとなれば私が娘を養えばいいのだからな。はっはっはっ!



「それに、娘に家計を助けられてる親のセリフじゃないでしょうに」


「ぐぬっ」



 妻に痛いところを突かれた。思わず(うめ)いてしまう。しかし、知った事ではない。私は娘のためならば、悪魔に魂を売ってでも金を稼いでみせよう。



「いざとなれば、お父さんが何とかする。()(かく)ダメなものはダメなんだ! 諦めなさい!!」



 言い切ってから、私は気づく。先程から愛しの娘がしゃべっていないことに。

 娘を見れば、涙を堪えながら私を(にら)んでいた。

 これはまずいと思った私は「すまない」「言い過ぎたな」と言おうとしたが、もう遅かった。



「お父さんなんて大っ嫌い!!」



 とうとう娘は持っていた売り上げを床に叩き付けて、走り出してしまう。無論、行き先は玄関だ。

 これは不味い。どうにか引き止めて話し合わなければと思い必死に声を掛けた。



「待ってくれ来紅! らいくぅぅぅっ!!!」


 
 しかし私の言葉は届かず、そのまま娘は家から出て行ってしまった。


 娘が家出をしたことなんて、今まで一度も無かった。ましてや「大っ嫌い」と言われるなんて考えた事も無かった。


 狼狽する私の思考は纏まらない。妻に縋り付き、どうすればいいのか問うも、「自分で考えなさい」と、切り捨てられてしまう。


 ああ、娘よ。いつも聡明な君が、どうして分かってくれないのだ。


 そう悲嘆(ひたん)に暮れるも、現実は無情だ。私は娘に出ていかれ、妻にも突き放された。

 だから私は妻に言われた通り、考えることにした。あの時、どうすればよかったのか、今後どうすれば娘と仲直りをして、娘を『正しく』『幸せな』道へと歩かせる事が出来るのかを。


 全ては娘のために。全力で。


 そこで、ふと(よこしま)な思考が脳裏をよぎる。



「来紅を世界で一番『理解』しているのは私だ。そして来紅を世界で一番『幸せ』に出来るのも私。それなら、いっそのこと……」




 いっそのこと、私だけの『物』にすればいいのでは?



 ハッとして、それまでの思考を打ち切る。これ以上、考えてはいけない。私は何を考えていたのだ。


 そして私は「追い詰められているとは言え、我ながら変な事を考えたな」と考えない事にした。


 心の中では『物』なる事こそが娘の『幸せ』であり『正しい』姿なのだと訴える自分を見て見ぬ振りをして。



「ふぅ」



 こういう時は、これ以上考えても良案は浮かばない。取り敢えず一旦落ち着こう。

 そう思って深呼吸をする。そうして、娘を探し出すために行きそうな場所を考える事にした。

 そうだ最初から、こうすれば良かったのだ。


 やっと、まともな思考を取り戻した私は、さっきまでの思考を振り払うように娘の行き先を考える事に没頭(ぼっとう)した。


 そして、だからこそ最後まで気づけなかったのだろう。


 自分の隣にいる妻が、()()()()()()()()玄関へ、嫉妬と憎悪の混ざった視線を向けていることに。



「|アレ《・・》が使えるのは、もう少し先ね」

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