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 俺が向かっているのは『病みラビ』で数少ない低難易度の隠しダンジョンで経験値効率も素晴らしい場所なのだが、『病みラビ』制作陣がプレイヤー救済のためだけに用意する訳もない。

 この隠しダンジョン『血封の迷宮』は、一定期間放置すると病み祭が開催された後、強制バッドエンドになる。

 勿論、それは俺のハッピーエンド(理想)の障害となる。

 故に、このダンジョンの攻略は一石二鳥なのだ。



「時間も丁度いいな」



 現在の時刻は夕暮れ時。

 『血封の迷宮』は入口が、ギリギリとはいえ市街地の巡回区にあるため、人目が多い日中はダンジョンの入口が露見する恐れがあり、行けないのだ。

 俺は自身のゲーム知識を他人に広めるつもりはない。むしろ、理想の実現のため積極的に独占するつもりである。



「……ここか」



 そうこう考えてる内に、目的地である廃教会に到着する。

 スラム一歩手前の地区に建っているこの場所は、今にも諦観や憂鬱といった負の感情が押し寄せて来るような退廃的な雰囲気を醸し出していた。

 中に入ると、瓦礫と埃にまみれており、原型を留めている物と言えば最奥の女神像くらいのものだ。この廃教会は、ギリギリ衛兵の見回りルートに入ってるため浮浪者すら近寄らない。

 とても理想的な立地である。



「……もたもたしてる時間はなかったな」



 入ってくる時は誰も居なかったが、いつまでもそうとは限らない。手早く作業(・・)を済ませようと結論づけ、女神像に先程貰った汚い油を飲ませる。

 別に神を冒涜したいだとか、そんなつもりはない。これは作業(・・)をスムーズに進める為の、ちょっとした工夫だ。



「よっと」



 掛け声と共に女神像の舌をペンチで引き抜く。

 ガコンッと何かのロックが外れる音がしたのを確認してから、次は頭を外し露出した喉の断面に手を入れて奥のスイッチを押す。

 これで作業は完了だ。



「ちっ、汚え」



 指に着いた油をなびりながら毒づく。

 そうしていると、ズズズッと後退した女神像の下から階段が出てきた。これこそ俺の求めたダンジョンの入口だ。

 舌だの頭だのを抜いたのは女神像を壊していたのではなく、この隠された入口を出現させるための条件である。

 油を飲ませたのはゲームでこの仕掛けを起動した際、劣化が原因で舌を上手く抜けず主人公自慢のバ火力で女神像を破壊するルートがあったためだ。 

 油を指せば楽になると思ったが正解だったようだ。まぁ、流した油が喉奥のスイッチまで届いたのは想定外だったが。



「……さっさと行くか」



 次からはスイッチを押す用の棒も必要だな。いや、そもそも仕掛けの滑りは良くなったのだから余分な油を拭き取ればいいのか。

 次回の探索では拭き取り用の布を持って来る事を決めた俺は、女神像の舌と頭を元に戻し階段を降りた。















 入口の女神像が定位置に戻り、光源が無くなった階段を俺は特に不自由することなく進んでいた。

 それは市場に行く前に道具屋で買っていた暗視用の目薬の効果である。多少の薄暗さは感じるものの、このダンジョンなら問題ないだろう。



「さっそく来たか」



 モンスターだ。パッと見は赤黒いスライムだが、よく見ると中身(・・)(はらわた)が透けている。

 この気持ち悪いモンスターは、名を『ブラッド・スライム』。このダンジョンの固有種で致命的な弱点が多い上に攻撃も低レベルな俺でも充分に耐えられる程度しかない。

 綺堂薊(転生先)がタンク型のステータスであったことに感謝である。



「いや」



 ナメクジの這った跡のような粘液を残して迫るスライムを見て考えを改める。

 思ってた以上に気持ち悪いぞ、と。

 毒などの状態異常にはならない筈だが、それでも進んで触れたい相手ではない。

 初のモンスター退治ということで肉弾戦の練習もしようかと思ったが止めだ。肉体は置いておき精神へのダメージが大きすぎる。

 ハッピーエンド(理想)の実現に必要ならばまだしも、そうでないなら無理にやろうとは思わなかった。



「まぁ元々、触れずに倒す予定だから問題ないけどな」



 俺は腰のポーチから白い粉を取り出して投げる。すると、瞬く間に萎んでいく哀れなスライムの完成だ。

 先程投げたのは、極一部にとってのみ危ない薬一歩手前の特殊な塩である。

 アイテム名は『清めの塩:下』。これは聖職者が祈りを込めた塩で、特定宗教の関係者はこぞってコレを購入し自身と所有物全てに振り掛けては悦に浸る。奴らは目に入っても喜々としてるらしい。

 この塩は『下』があるからには『中』や『上』があり効果もそれに応じて上がる。

 さっき倒した『ブラッド・スライム』は数ある致命的弱点の中で塩系アイテムと神聖攻撃がある。この塩は二つとも満たしているため、はからずも特攻アイテムのようになっているのだ。

 他にも熱系攻撃や冷系攻撃も弱点だが今の魔法を使えない俺にはどちらも困難であり、ここで下手に炎を使えば狭い洞窟故に酸欠で俺が死ぬため止めた。(魔法の炎は酸素は消費せず代わりに魔力で燃える)

 それはそれとして。



「予想以上の効き目だな」



 二匹、三匹と続けて出て来るのを塩で対処しながら呟く。

 ゲームで即死するのは知っていたが、現実となった今ではナメクジに塩を掛けた時のように暫く悶え苦しんでから死ぬと予想していた。

 しかし、実際やってみれば一掴みの塩で十歳児程の大きさがあるスライムが数瞬で握り拳程までに()れ果てるのだ。協会関係者がバカみたいにに大切にするだけのことはある。

 そんなことを考えて十、二十と倒しているとあることに気づく。



「飛び散った粘液も塩で乾くのか」



 最初に『ブラッド・スライム』の這った跡を見た時、地味に心配だったのが粘液に足を取られ転倒することだ。

 今は(・・)問題はなくとも、後で苦労するかもと不安だったので一安心だ。

 少ない不安が解消されて機嫌がいい俺は、ダンジョンの行き止まりまで進んで行った。

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