バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

1

 俺は今───


 斧で腕を切られている。



 重量で肉を断つ鈍い音と、腕から斧を引き抜く際に出るの粘着質な音だけが等間隔に響くだけで、他の音は一切しない。


 抵抗はできなかった。


 体は石台に鎖で固定されており、さらに薬でも使われたのか体が思うように動かなかった。


 薬を使ったのに鎖で固定する必要があるのかと疑問だったが斧を腕に叩き付けた際、腕が大きく跳ねていたので俺を拘束するためというよりも腕の位置がズレないための固定なのだと分かった。


 ははっ、まさに手も足も出ないな。


 そんな風に無駄なことを考えていると、これまでとは違う硬質な音が響いた。横目で見れば腕を切った勢いが余って斧を石台に叩き付けたらしい。


 チラリと見えた腕は酷い有様だった。


 二の腕の半ばから切られてはいるが、それぞれの断面から肩、肘の辺りまでは斧を無駄に打ち付けた跡が、びっしりと刻まれており相手の不器用さが伺えた。


 相手は、そのままもう片方の腕を切り始めた。


 心当たりは無くはないが、こうなった理由は相手から聞きたい。


 そう思って、斧の重量にフラついている最愛の彼女。上手く動かない体に鞭打ち全身の力を口に集中して言葉を紡いだ。何故、こんなことをするのかと。



「貴方が浮気出来ないように」



 作業(・・)の手を止めないまま生気のない瞳と抑揚のない声で俺の質問に答えた。


 当然かもしれないが、この質問は彼女にとって地雷だったのだろう。顔と声に感情が乗らなかった分、ソレは斧へと流れたようで今日一番の重い音が鳴り、そのまま二本目の俺の腕が切れた。


 出血は少ない。


 使われている緋色の斧は周囲の景色が歪むほどの熱気を放っており傷口が焼かれて止血されるからだ。血の代わりに炭は(こぼ)れるけどな。


 腕二本で終わるかと思えば、そんなことはなかった。


 さも当然と言わんばかりに足へ視線を向けた彼女は、そちらへ移動して作業(・・)を再開した。どうやら俺は足もなくなるらしい。


 空を飛べない俺が足までなくなるのは困るのだが彼女に言っても聞かないだろう。


 こう(・・)なった時は絶対に意思を曲げないからな。


 今のように、目から光が消えている時は、いつも目的を達成するまで止まらない。今回は恐らく俺の四肢を全て切り終えるまで目に光が戻ることはないのだろう。


 まあ、彼女のそんな不器用で真っ直ぐな生き方は、とても可愛らしく俺が好きなところの一つなのだが。


 そう考えると仕方ないという気がしてきた。俺の手足が無くなる程度で彼女が安心してくれるなら安いものだとさえも。惚れた弱味だろうか。


 一応、不満はある。


 将来、産まれるかもしれない彼女との子供を抱き締められないという不満だ。


 ただ、それも俺にとっては割り切れる程度の不満だった。


 なぜなら、俺は将来の子供未来より大好きな彼女今を大事にする主義だからである。


 そんなふうに惚気てると彼女は|作業《・・》を終えた。


 消毒と包帯で手当てし始めたところを見るに殺す気はないようだ。


 良かった。浮気防止だと言っていたから殺す気はないと分かっていたが「罰として一日放置」なんて言われたら、そのまま死にかねなかったので一安心だ。


 流石に死ぬのは嫌だ。彼女と会えなくなってしまうから。俺が四肢切断こんなことを許容するのは、あくまで彼女と共に居続けるためなのだから。


 安堵に浸っていると目蓋が重くなるのを感じた。そろそろ体力の限界らしい。


 我ながら、よくここまで保ったという気持ちと、ここまで保たせたのだから、最後まで保たせろよという気持ちが内心でせめぎ合うが、限界なので仕方のない。


 徐々に黒へ染まる視界に合わせて寝てしまおう。


 それから俺は目を閉じた。明日は笑顔の彼女を見られると信じて。














「納得出来るかぁぁっ!!」



 俺は今プレイしているゲームのハッピーエンド(・・・・・・・)に文句を言った。



「これのどこがハッピーなんだ! 親も子も全員、病んでるじゃねーか!」




 ゲームのストーリーは主人公が四肢切断された後も続いており、ヒロインとの間に生まれた子供達と幸せに過ごした事が描かれている。


 イベントCGでは主人公を含めた家族全員が笑顔を浮かべているが、一人たりとも目は笑っていなかった。


 この狂ってるといっても差し支えないゲームのタイトルは『病みと希望のラビリンス☆』という。


 この『病みと希望のラビリンス☆』、通称『病みラビ』は、とある有名なゲーム会社が総力を上げて作り上げた十八禁ゲームだ。


 戦闘面やシナリオの多様性等の素晴らしい部分も多いのだが、ただ一つ全てを台無しにする要素があった。

 二次元、三次元を問わず全ての人間を|病み《・・》の底に落とすという最悪の要素が。


 二次元の例を上げるならヒロインが苗床にされるなど序の口で、そこから更に解体と再生を繰り返させられたり、プレイヤーが姉妹喧嘩を止めに行ったら両断され骨も残さず二人に食われるなど、正気の沙汰ではない。

 当然のようにモブや脇役、悪役達はバンバン死ぬ。

 三次元では、そんなゲームを創った制作陣がまともである筈がなく、徐々に奇行が目立ち始めていた彼等は最終的に全員が精神病棟で隔離された。

 プレイヤーなど、言うに及ばないだろう。

 永遠と繰り返される|推しキャラ《大好きな相手》の不幸。それらは常人達が嫌悪し、遠ざけるには充分な理由だろう。

 でも、



「ゲーマーを舐めるな」



 それが、俺の諦める理由にはならない。

 俺達|狂人《ゲーマー》は人生の全てをゲームに捧げてからがスタートなのだ。

 ゲームの為に金を稼ぎ、ゲーム脳を育成するために飯を食い、|ハッピーエンド《理想》を夢見るために眠る。

 特に今のような、全ての選択肢の組み合わせを試してない状況では諦める訳にはいかないのだ。そのゲームを好きであればある程に。

 尋常ではなく出現率の低いクエストやダンジョンがある影響で、他の|狂人《ゲーマー》達と共有してるデータを含めても試せてない組み合わせが山のようにある。諦めるには早すぎるだろう。

 一つでも試せてない組み合わせがあるなら俺の|ハッピーエンド《理想》を見れる可能性があるのだから。



「よし、やるか」



 先程受けたバッドエンドのダメージが抜けた俺は再チャレンジする。

 そうして、奇跡的に寝落ちすることなく迎えた十日目の夜、俺は電源が切れたように意識を失った。

しおり